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ロシアへの旅 - 2 地下鉄に乗ってボリショイ劇場へ

Mimi 2017.04.21

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 前回の『ロシアへの旅 ― 1 エルミタージュ美術館へ』において、エルミタージュ美術館が私にとってレコードのA面だったと書いた。だから、エルミタージュ美術館以外は、何も期待せず、残りの日程で見る物は「おまけ」に付いてくるもののように思っていた。

 私たちのツアーにはエルミタージュ美術館の隣のエルミタージュ劇場での『白鳥の湖』のバレー鑑賞がセットされていたが、それも期待してはいなかった。だが、実際に行ってみると、ここまでひどいとは思わなかった。繰人形のように腕をひらひらさせ、足をぴょこぴょこ動かしている。確かに揃っているが、何か「魂」のないゾンビが踊っているようだ。

 私の隣に座っていた地元の若いロシア女性など、公演の間中バレーを見ずにスマホをいじっていて、液晶画面の光も迷惑だし、何のためにこの人は劇場に来ているのかしらと思った。

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 そんなわけで、同じツアーのメンバーの涼子さんが、モスクワに行ったらボリショイ劇場にバレーを見に行きませんか、と誘ってくれた時には、とても嬉しかった。まずいものを食べた後の、口直しが出来るかと。

 ボリショイ劇場に勤めるSにメールして席が取れないかと聞いたが、満席だと言う。ところが、涼子さんが調べてくれたサイトでは、切符があるのだ。”viagogo”というサイト。 買ったものの行けなくなったチケットを売り買いするサイトらしい。

 さて、クレジット番号を打ち込んでしまって、注文が受理された後からのオーダー確認書を見て驚いた。「予約費」「取扱い手数料」が加算されているのだ。特に予約費は切符代の半額以上だ。そんなわけで、予想外に高いチケットになってしまったが、ボリショイ劇場でバレーを見るなんていう経験はお金には替えられない。

 さて、当日、涼子さんの後にくっついて地下鉄に乗った。前日、ガイドさんが有志を募って地下鉄体験に連れて行ってくれたので、そのルートをそのまま行けばいいのだが、私ひとりだと頼りないのに、涼子さんは迷いなくさっさと歩き、強い味方だ。

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 実は、ロシアに行くに際し、私は歴史は少し勉強したが、旅行ガイドブック等は一切見なかった。だから、ロシアの地下鉄というものがどんなものか、前もっての知識はゼロだったのだ。

 最近サンクトペテルブルクで地下鉄のテロ事件が起こったが、もしそんな事件が起こった直後だったら、乗ろうと思わなかったに違いない。今になって見ると、得難い経験をしたと思う。

 私たちのホテルのそばの入り口から入ると、巨大な彫像が聳えている。「えっ、こんなのがなんで地下鉄の駅においてあるの?」とびっくりする。あまり大きくて写真の画面に収まらない。柱ごとに彫像が立っている駅もある。

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 面白かったのは犬を連れた人の像だ。ロシア人は迷信深いと言うが、多くの人が犬の鼻づらを撫でて行く。だから犬の鼻の色だけ他と違う色になってしまっている。

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 さて、ボリショイ劇場に到着。7時半開演だが、7時に着いた。私たちの席は上の方だが、それでもホンモノのボリショイ劇場に入れた喜びでわくわくする。  エレベーターを下りて、案内係に席に案内して貰った。おお、何と豪華なんだろう。豪華絢爛。マッシモ劇場といい勝負だ。

 現在のボリショイ劇場の原型は1825年、観客席6層の2150席の劇場が建てられた時の姿だ。劇場に入ると、もう19世紀の貴族の世界にタイムスリップしたみたいだ。立派な服を着た紳士や、色とりどりの裾の長いドレスを優雅に纏った貴族の婦人たちが宝石をきらきらさせて座っているところに、迷い込んでしまったような気がして、「私なんかがこんなところにいていいのかしら?」と気遅れしてしまう。

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 廊下のプレートも美しい。 公演前にトイレに行くが、トイレのドアの取っ手まで凝っている。 さて、バレーが始まった。  演目は「三つの愛」という現代の作品。古典的な演目なら、ストーリーを知っているが、新しい作品はしっかり見て、自分で解釈するしかない。自分の解釈が合っているのかどうかはわからないが、何といっても心に響いたのはその緊張感だ。

 観客席が暗くなり、舞台にスポットライトが当たると、こんな美しい姿の人間が世の中に存在するのか、と思うくらいのほっそりした、赤いロングドレスのバレリーナたちが3人現れる。いわゆる、チュチュを着たバレーの動きではない。斬新なモダンバレー。彼女らが、ただ静かに横になっていても、立っていても、存在感がありオーラが漂う。全身から発散される張りつめたエネルギー。ほんの少し指を動かし、足先を揺らすだけで劇場全体の空気が、振動してバイブレーションのように私たちの心を揺り動かす。

 人間の体は、こんなにも自在に形を変え、思いがけない動きを次々に作り出せるのか、と驚く静と動の織り成す世界。 バレーを見て、こんなに鳥肌が立つぐらいにゾクゾクとしたのは初めてだ。それも、ダンサーの姿が小さく見える、高いところから鑑賞して。

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 いつの間にか、到着当時感じた違和感は消えていた。ボリショイ劇場という建物マジックは、子供の頃からここでのバレー公演を見慣れてきたような心地よさを与えるのだ。

 公演が終わって外に出る。重厚で豪華な19世紀の貴族社会から突然タイムスリップして現代に放り出されたような気がして、元に駆け戻りたいような気分になる。
だが、タイムマシーンに乗って19世紀に飛んでいったらどうだろう。結核にかかってもまだストレプトマイシンが発見されていないから、死んでしまうかもしれないし、だいたい貴族に生まれるとも限らない。極貧の農奴として生きて行かなきゃならない可能性だってある。貴族に生まれても、政争に巻き込まれたりして、没落したり、場合によっては殺されるかもしれない。
だからタイムマシーンに乗って、どんな境遇になるのかわからないで19世紀に飛ぶよりは、今の自分の生活を続けた方が安定しているに決まっている。

 だが、ボリショイ劇場の中にいたほんの数時間は、何不自由のない貴族の気分で最高水準のバレーを見、至福の時間を味わうことが出来た。
 そうだ、ボリショイ劇場は、大人のディズニーランドみたいなものなのだ。入っただけでわくわくする空間。 もうすぐ東京文化会館でボリショイ・バレーの公演があるが、ボリショイ劇場のあの雰囲気、あの空気の中での公演を再現することは不可能だ。 r102  
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