虹をつかもうとする造花の白薔薇
NOVA ERA 2024.11.11
な
ずっと以前、私は一人の女性に10年間、だまされ続けていたことがある。
その女性は、恵比寿駅近くのワンルームマンションを鑑定所にしていた。その当時はインターネットが普及していなかった。なんと、私は電話帳広告でその女性の鑑定所を見て、その女性のもとを訪れたのである。仮に、その女性をEさんとしておこう。Eさんは、ご本人によれば、公家出身でK大学文学部卒業し社長秘書をしていたが、司法試験を受験しようと思い司法試験予備校に通い、T大物理学科出身司法試験受験生の彼は自〇し、占い師になった、そうだ。
Eさんは、儚い感じがするスマートなキレイ系の女性だった。灯りのトーンをおとした占いの部屋に、白鳩を飼っていた。そして、彼との結婚式で着る予定だったウェディングドレスが飾ってあった。まさに、幸(さち)薄い美貌の42歳の女性。占い師として十分なキャラクター設定である。
Eさんの話を信じて、10年ほどが経った。恵比寿に総合的なヒーリング・フィットネスができ、私はそこの会員になった。ある時、Eさんとヒーリング・フィットネスでばったり会ったのである。そこでも私はEさんを信じ続けていた。
ある時、Eさんは結婚した。トランスジェンダーの女性とである(元は男性)。Eさん本人の話によれば、結婚といっても、戸籍上は弟ということになっている。仮にその男性をXさんとしよう。Eさんを通じてXさんとフィットネスで話をするようになった。最初は他愛もない話だったが、ある時、Xさんがちょっとがっかりした様子で話をしたことがあった。Eさんの実家に行ったが、それは千葉駅から私鉄に乗って何十分かのところにあり、お母様が経営しているフレンチ・レストランは、街の洋食屋さんだったそうだ。また、Eさんとアロマオイルの代理店を目指し、同時にアプライした女性いた。そちらの女性、仮にZさんとしよう。Zさんからも情報が入ってきた。
「一人の人を長期間、大勢の人々を一度に騙せても、大勢の人々を長期間騙すことはできない。」とよく言われる。まさに、その通りなのである。
結局、アロマオイルの代理店にEさんだけが受かり、Zさんは落ちた。Zさんは相当悔しかったのだろうか。その時から、Zさんによる、Eさんのうわさ話のまき散らしが始まった。ZさんはEさんを周到に調査していたのである。Zさんによれば、Eさんは裏ビ〇〇に主演して、年齢は42歳ではなく60歳であるとのことだ。私はZさんの話をにわかには信じられなかった。しかし、Eさんの話の端々から、その根拠となる発言が読み取れたのである。Eさんは度々、司法試験受験講師で有名なI講師のことを言っていた。曰く、髪にウェーブがかかっているが天然パーマでシャワーを浴びるとまっすぐになる、住んでいるのは代官山の億ションである、等々。また、Eさんは、「時々、整体院に行くけど、42歳ではなく60歳の状態ですよと言われる。やっぱり、公家は体が弱いのかしら。」XさんとZさんの話から、私はジグゾーパズルをつくってゆくように、本当のEさんの全貌が見えてきた。
ある時、私は、有吉佐和子著「悪女について」の感想文を何かのブログに書いたことがある。その後、Eさんは、「私のことをブログに書いた人がいる。私も有名になったものだわ。」と言っていた。公家出身で実業家なのだそうだ。実際、Eさんの実家は造花の卸売りをしていた。その時期から、Eさんは心労に耐え切れなくなっていたのかもしれない。
人は現実があまりに辛いと、幻想ともいえる夢に生きるようになる。
「悪女について」の公子は、ベランダから転落死した。同じように、Eさんは、虹をつかもうとしてベランダから転落死したのである。
Eさんの死後、Eさんの周囲の人々は「道路でコケて打ち所が悪く〇くなった。」「Eさんを神格化しないで。」と言っていた。そんなの嘘である。ただ、真実と言えることは、Eさんが優しい人であり、周囲の人々に愛されていた。そして、現実に耐え切れず虚構の世界を自分でつくりだしていた。さらに、Eさんの承認欲求を「悪女について」の公子をトレースすることにより、満たしていた、ことである。Eさんは造花に囲まれ、公子のようにベランダから転落死したのである。フェイクでも、Eさんは幸せだったのだろう。