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マリー・ローランサンの秘密

Mimi 2023.05.31

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子供の頃から、マリー・ローランサンの展覧会に行くたびに、図録や大きなポスターを買ったりするのだが、部屋の片づけをする度に、捨ててしまう。彼女の絵は私を魅了するのだが、どこの部分が良いのか分からない。自分はロマンチックな絵が好きなのだろうか?そんなの認めたくない。「魅力の秘密を探究するよりも、絵が目に入らないようにして忘れよう。」そんな理由で思い切りよくせっかく買った図録を捨ててしまうのだ。

それなのに、ローランサンの展覧会が催されると性懲りもなく行って、いろいろ買いこんでしまう。

ローランサンのどこに惹かれるのだろう。美しいパステル調のドレス?それとも、それとマッチする背景の色合い?モデルの白く長い腕や足の優美な形?それともちょっとアンニュイな表情を浮かべた、陰影のないかんばせ?どれも魅力的なのだが、なぜかそれらは、本当の魅力を覆い隠すベールのような気がするのだ。本当のローランサンの魅力の秘密が解き明かせないような焦燥感と言ったら・・・。


ヴァランティーヌ・テシエの肖像



雌鹿と二人の女


ところが、ある時、ローランサンの絵を頭の中で思い描いた時ひらめいた。
それは、彼女の描くモデルの眼の色だ。白人なら、青い眼や緑の眼、茶色の眼が合っても良いのに、彼女のモデルは黒い眼をしている。絵の全体が中間色のトーンで、彩度が同じような時にも、眼の明度だけが飛び抜け低く、黒っぽく描かれるのだ。髪が黒くても、一段と眼ははっきり黒い。絵を黒白コピーすれば、それがはっきりわかるだろう。白い肌も、パステルカラーの服や背景も、花や鳥も眼を際立たせるのに一役買っているアイテムと言えよう。



上記の絵の、眼の部分


ローランサンの魅力の秘密を自分なりに見つけた後、彼女の絵を実際に見たいと思っていた。すると、渋谷東急文化村で「マリー・ローランサンとモード」展が開かれると知った。それも、移転する前の最後の展覧会だという。


展覧会のチラシ



展覧会の図録の表紙


4月の閉館直前、友人のゆり子さんと一緒に見に行った。のっけから、シャネルが受け取りを拒否したシャネルの肖像画と、ローランサンの自画像が並べて展示されている。美しい女性たちの肖像画が続く。その他シャネルのドレスが何枚も並べられているコーナーもある。服飾だけでなく、バレエ・リュスのような前衛的な文化や音楽、アポリネールやコクトーなどの文学とからめて、1920年代のパリが総合的に浮かび上がる構成になっているのだ。


ガブリエル・シャネルが、受け取りを拒否した肖像画



マリー・ローランサンの自画像



眼は髪より黒く描かれている


さて、今回の私の目的は、絵のモデルの眼が黒っぽく描かれていることの確認。確かに、そういう着眼点で見ると、黒い眼は、全体の調和を破るものではなく、一種の視覚ポイントを与える効果にすぎないことに気づいた。


首飾りの女
この絵では、唯一明度が低い部分が眼



ばらの女
背景の黒っぽい色彩の上に画家のサインが黒で書いてあるところから、眼の色はサインと同じ黒とわかる


私は、ローランサンの描く眼が黒いことに気づいただけで、秘密を知ってしまったような気がした自分を恥じた。黒い眼はローランサンの秘密を解く入口にすぎない。その眼からローランサンの心の襞に分け入ってみると、語られるのは、悲しみ、憂い、喜び、慈しみなどがないまぜになった、人間の物語。表情の乏しいモデルたちなのに、その眼はなんと多くのことを語っているか。

黒い眼に吸い寄せられた見る者は、ローランサンの描く物語の世界を彷徨う。自立する女性として、絵筆で自分の人生を切り開いたローランサン。シャネルに肖像画の受け取りを拒否されながらも、シャネルの店に帽子を買いに行った彼女。美しいものを手に入れるのに、個人的義憤の入る余地はなかった。

室内装飾から舞台美術、タペストリーの下絵まで、様々な分野で活躍した「美」の遵奉者。時代とともに、彼女の画風は変化し、色合いは鮮やかになって行ったが、変わることがなかったのは、モデルの黒い眼。

今度は、わたしがその黒い眼の持ち主になったつもりで、絵の中から1920年代30年代のパリを見てみようか。手始めにローランサンのアトリエから。このモデルたちは、皆ローランサンに観察されながらも、自分たちも画家を観察していたに違いない。モデルの眼にローランサンはどんな風に映っただろう。こんな楽しい夢想の世界を提供してくれる図録はもう手放せない。
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