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身の丈はホースの丈

Mimi 2022.05.31

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A rose is a rose is a rose

ガートルード・スタインのこの詩を口ずさむ度、a rose は3回ではなく、4回繰り返されるんだっけ、と曖昧になるが、そんなことはどちらでもよい。10回でも15回でも繰り返したって良い。スタインの詩は私の心情を代弁している。

今年の薔薇の季節は、ジェルブロワ村で幕を開けた。と言っても、フランスに行ったわけではない。SOMPO美術館で開かれた「シダネルとマルタン展」に行って、ジェルブロワ村の薔薇を、シダネルの絵の中で鑑賞したのだ。古い石造りの家の外壁を見事に覆う薔薇、薔薇、薔薇。家の前の小さな丸テーブルには、これから客人を迎えるのだろうか、それとも自分の為の設えだろうか、ワインの瓶とグラス、そして果物が載っている。




展覧会のチラシ


展覧会のカタログ


Camille Mauclair 著 Henri Le Sidaner

その庭は、曇っている時もあるし、夕暮れで、家の窓から灯りが洩れ来る時もある。どちらにしても、静かで心地よい雰囲気だ。絵を見る者は、馥郁とした薔薇の香りや、しっとりした空気感にも包み込まれる。

シダネルは、自宅の庭に3千本もの薔薇を植えたそうだ。シダネルの熱意が村人にも伝わり、ジェルブロワ村は、薔薇の村として名を馳せるようになった。

3千本!すごいなあ!とても1人では世話しきれない数の薔薇だ。庭師が何人もいたのだろう。私は、自分の小さなベランダを思う。3mのホースが届く範囲に、ささやかに鉢植えの薔薇が並んでいる。毎朝それらと会話するのが、日課だ。雨の日には軒下に移動させたり、葉の茂り具合を見て、鉢の位置を変えたり、こまめに消毒したり、小さな空間なのにやることは一杯。

シダネルの絵を見た後に、うちの薔薇も咲きだした。いとおしい薔薇たち。籠に入れたり、いろいろな花瓶に入れたりして楽しむ。ご近所にお裾分けも。


初咲きの薔薇


バスケットに詰めてみた


今年仲間に入ったシャトー・ドゥ・シュベルニー。極上の香り。


好きな花瓶に投げ入れて。部屋中が薔薇の香りに満たされる。

そんな折、熊谷に住む歴史学者のT先生が、深谷のオープン・ガーデンに誘ってくださった。深谷と言えば、ネギしか思い浮かばなかったけれど、送ってくださったオープン・ガーデンの資料を見て驚いた。どの頁を開いても、ゴージャスな花の饗宴が繰り広げられているのだ。ポストイットを用意して、興味がある庭の頁に貼り付けているうちに、本はポストイットだらけになってしまった。


深谷オープン・ガーデン・ブック


上記本の中の頁は、庭の写真が満載

5月7日、お友だちの百合子さんを誘って熊谷駅の降り立つと、T先生が出迎えてくださり、先生の奥様の運転で、ガーデン巡りの開始。眩しいばかりの春の光がきらめく朝だ。個人のお宅のガーデンを訪問ということで、私も百合子さんもちょっと緊張気味。2人とも知らない人とお話するのは不得意なのだ。


オープン・ガーデンをしているお庭の前には、幟がはためいている

たまたま最初に訪れたのは、里見邸だった。里見氏ご自身と奥様がお庭にいらした。お庭はすべてのお花が咲き揃ったベストな状態だ。色とりどりの花に、薔薇のアーチ、こぼれ種で増えるという白いレースフラワーがアクセントになって、うっとりする美しさ。庭の外の道にもお花が沢山咲いていて、歩くのが楽しい。


白とピンクの薔薇のアーチ


白いレースフラワー


通り道にも花が

里見邸のはす向かいのおうちのお庭も、ご好意で拝見させていただいた。秘密の花園という雰囲気で、薔薇と草花が調和している。白いフェンスや小物類が魅力的にあしらわれていて、休憩するコーナーもおしゃれ。こんなところに1日中座ってお庭を眺めていたい!と思ったものだ。このお庭の奥様は、お仕事の傍らのガーデニングとか。お忙しくて、市販の薔薇のスプレーを3本、電動式のスプレー容器に移し替えて散布したとか。そういう努力にお庭はしっかり応えてくれているのだ。


普段はCLOSEDとなっているお庭も、今日はOPEN


庭のコーナー


地面が見えないほどの植栽を抜けると


2番目のコーナー


目隠しの構造物もおしゃれ

里見氏が、素晴らしいお庭があるので、行ってごらんなさい、本当はオープン・ガーデンの日ではないけれど電話しておいてあげますよ、とおっしゃった。お言葉に甘えて、そんなお庭にもいくつかお邪魔させていただいた。どのお庭にも、素敵な薔薇が咲いている。アーチも幾つも設置されていて、見事だ。さすが地植えの薔薇は、鉢植えの我が家とは違った豪快な咲き方をする。おうちの建物も素敵で、シダネルの絵の舞台になりそうだ。

初対面の方たちなのに、なぜかいつの間にか古くからのお友だちのように、気軽に語り合っていた。私が、ギガンチウムの花が沢山打ち上げ花火のように咲いているのを見て、「ギガンチウムの球根はひとつ800円もするのに!」と半ば羨望の眼差しで言うと、1個の球根を3つに分けることが出来ると教えてくださったりする。皆さん、毎年翌年の庭の計画を作るのを楽しみ、咲いた花の種をとって置いて有効利用している。

どの庭でも持ち主の熱意とお庭に対する愛を身近に感じる結果となった。


オープン・ガーデンで見た景色あれこれ。庭とおうちがぴったり合っている


珍しい薔薇が咲き乱れるラティス


ギカンチウムの向こうには、白いテーブルクロスのかかったやすらぎのコーナー


枕木の道を歩いて行くと、遠くに素敵な邸宅が見えて来る

私は、ちょうどSue Stuart-Smith 著 The Well-Gardened Mindを読んだところだった。これは、精神学者の立場から、ガーデンが人の心に与える有効性を、統計資料を駆使して書いてある本である。私は、その本で読んだことを、お目にかかった方々の暖かいお心に触れて、現実に目の当たりにした気がした。


Sue Stuart-Smith 著 The Well-Gardened Mind(Audibleの画面より)

深谷のガーデンは、それぞれコンセプトが違っていたが、ひとつ共通点もあった。タカギという会社のホースリールをガーデンの隅によく見つけたのだ。持ち主の名が刻まれている。

料理人が自分の名入りの包丁を持つように、深谷のガーデナーたちは、自分の名入りのホースリールを所有していることを誇りにしている。その太い巻き方からして、多分ホースは20m以上あるに違いない。

長いホースを操り、庭を花で埋め尽くす深谷のガーデナーたち。一方、3mのホースで間に合う私のベランダ。それぞれが身の丈に合ったガーデニングを精一杯楽しんでいるのだなあ、と思った1日だった。

T先生、奥様、お目にかかったすべての深谷の心優しき方々、ありがとうございました。また来年も伺いたいと存じます。
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