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マリー・アントワネットに語りかける午後 -東洋文庫名品展にて-

Mimi 2022.02.24

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東洋文庫がアジア全域を対象とする「東洋学」の研究図書館として設立されたのは、1924年のことだ。設立者は三菱第三代当主岩崎久彌。今では、国宝5点、重要文化財7点を含む100万冊の蔵書を有している。

ミュージアムが開館したのが2011年。その開館10周年を記念する展覧会に行った。この本の美術館にこれまで何回足を運んだだろう。ここに行くと、本の素晴らしさに圧倒されてしまう。そして、自分なりの発見が必ずあるのだ。(併設されている小岩井農場のレストランやお庭の美しさ、そこに置かれている彫刻もお目当てのうちではあるのだが。)


東洋文庫名品展のチラシ

まず、会場に入ってすぐに圧倒されるのは、美しく並べられたモリソン文庫だ。ジョージ・アーネスト・モリソンは、1911年に中華民国総統府顧問になり、在任中、後にモリソン文庫と呼ばれる膨大な本を蒐集した。岩崎久彌がモリソンの所蔵する2万4千冊の本を購入したことから、東洋文庫は出発した。


モリソン文庫

このモリソン文庫には、ガラスケースに入って、開いて展示している本もある。来るたびに驚くのは、ガラスケースにある本だけでなく、背表紙しか見えない本も、展示の趣旨に沿って並べ替えられていることだ。少なくとも目の届く範囲は並べ替えられているようだ。中身を窺い知ることも出来ないが、背表紙を見ただけでも稀覯書だとわかる本がずらりと並んでいるのは壮観としか言いようがない。

だが、学芸員が目指しているのは、東洋学の研究者の耳目を集めることではない。一般人の興味をそそる展示を心掛けているのだ。例えば、『慕情』という本の脇の説明には、これがモリソンの長男、イアンの実話をモデルにした映画だと書かれている。


モリソンの息子が映画のモデル

サンスクリット語で書かれた『ラーマーヤナ』、フィンランド語に訳された『東方見聞録』は、読めないけれど興味をそそる。1671年に出版された英語の『東方見聞録』は開かれていて、マルコ・ポーロがフビライに謁見する様子が描かれている。日本で殉教した宣教師や信者をまとめた『日本殉教精華』など、聞いたことはあっても、実物を見るのは初めてという本もある。


サンスクリット語の『ラーマーヤナ』


フィンランド語に訳された『東方見聞録』


『日本殉教精華』


マルコ・ポーロがフビライに謁見する絵が載った『東方見聞録』

今まで名前だけしか知らなかった人の肖像画が見られるのも面白い。4年前にタージ・マハールに行った時、あまりの素晴らしさに茫然とし、自分でも陶器で小さなタージ・マハールを作ったくらいだ。妻の霊廟としてそれを作ったロマンチストのシャー・ジャハーンにこんなところでお目にかかれるとは…。ムガル絵画で描かれた細密画だ。何と凛々しく豪華なんだろう。



タージ・マハールを作ったシャー・ジャハーン


タージ・マハール 陶製 Mimi 作

展示物を一点一点見て行くと、絵画の美術館では味わえない楽しみを見出す。それは、これまでに学んだり、知り得たことを思い出させ、その知識を持つ自分にも出会うような気がすることだ。

そして、とうとう小さな赤い本の展示に来た。なんとマリー・アントワネットの蔵書だそうだ。金箔でルイ王朝の百合の花の紋章が押されている本は、『イエズス会士書簡集』。26巻のうち2巻が展示されている。


マリー・アントワネットの蔵書

マリー・アントワネットがこの本を実際に手に取った、と思うとドキドキする。マリー・アントワネットと私は園芸が好き。特に薔薇が好きだとか、ハープの練習に励むとか、新奇なものに惹かれるとか、趣味が似ているのだ。彼女のインテリアセンスも素敵だと思うし、日本の根付を集めていたのにも親しみが持てる。

私は彼女の愛用していた家具屋さんの椅子も持っているし、彼女の好きだった菫の香水も使っている。これって、追っかけ?だから、マリー・アントワネットに訊きたいことはたくさんある。生涯に一冊ぐらいしか本を読まなかったと聞いているけれど本当?この本は読んだの?暇さえあれば、本を読むよりハープの練習をしたんでしょう?あなたのハープは私のハープより小さくて、弾きやすそう。どんなに上手だったことでしょうね。あなたの手の型をマリー・アントワネット展で見たことがあるけれど、本当に華奢な美しい手ね。その手がハープを奏でるところを想像するだけで、うっとりするわ。

そして、この赤い本。この本も小さくてあなたの手にぴったり。でも、ここに出ている挿絵は残酷ね。トンキン(ベトナム北部)で四人のイエズス会士が首を刎ねられているところが描かれているわ。座らされた宣教師が刀で首を刎ねられると、首が転がり、首の付け根から噴水のように血が噴き出している。


イエズス会士処刑の図
四人の宣教師が、禁じられている布教を行なった咎で、首を刎ねられたところ


この本をあなたが読んだとしたら、まさか自分がこんな風に首を切られて命を落とすことになるとは、夢にも思っていなかったんでしょうね。それとも…?

家に帰っても、マリー・アントワネットとの会話は続いている。小さな赤い本が、時空を超えてマリー・アントワネットと私を繋いだのだ。
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