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アンドレアからの贈り物

Mimi 2022.01.26

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大学の同僚とのランチタイムは、得難い時間だ。それぞれが思い思いのお弁当を持って大きなテーブルを囲む。いつものメンバーは6人。私を除くとアメリカン、カナディアンの英語ランチだ。時々他の外国人や日本人も参加するが、「公用語」が英語なのは変わらない。最近は一人一人の間に透明なパーティションがあるが、その下の隙間から、チョコレートをピューっと器用に指ではじいて配ったり、和気あいあいの時間。だが、何と言っても楽しいのは、豊富な話題だ。何しろ、それぞれその道の専門家が、薀蓄を傾けた話題を提供するのだ。ランチが終わると、一回り自分の知識や考え方が広がった気がする。

前回のランチでは、人間の五感が話題になった。ローレンスが言う。「人間の目や耳なんて一番当てにならないんだ。」彼は続ける。「当てになるのは、匂いと触感なんだ。」ガスの匂いに気づいて、あわててガス栓を締めたり、とがった物や熱い物に触れて手を引っ込めたり、この2つは人間の生存に欠くことができない感覚だと言うのである。そこで、それぞれが自分の経験などを語るセッションが始まる。するとピーターが「じゃあ第六感は何だろう」などという新たな話題を提供し、更に盛り上がる。

家に帰ると、イタリアのアンドレアからの贈り物が待っていた。アンドレアは正確に言うと、息子の友だちなのだが、息子がアンドレアの家に滞在したり、今度はアンドレアがうちに滞在したり、私がイタリアに行く時にも必ず会ったりして、もう家族みたいなものだ。息子の結婚式にも来てくれて、イタリアに新婚旅行に行った息子たちより一足早く帰国し、向こうで待っていてご馳走してくれた。

アンドレアは自分の家族が経営している工場で出来たパネトーネやケーキを他のおいしいものと一緒に毎年送ってくれる。今年はパルミジャーノ・レッジャーノとコーヒーパスタも箱に入っていた。


アンドレアから届いた箱の中身


特大のチーズ


コーヒーパスタ

さて、早速コーヒーを入れて、パネトーネを切る。なんときれいな切り口の色。ほおばると、ふんわりとしながらも、しっかりした噛み心地。クリスタライズされた種々のフルーツの香気が漂い、「幸せ」が口の中から体中に広がる。



パネトーネ

すると、一気に思い出が押し寄せる。アンドレアのお父さんが経営する工場は、その町全部にパンやクッキーを供給している。息子は学生時代、アンドレアの家に滞在し、帰った時いろいろ話してくれた。家は6階建なんだ。1階と2階がパンの工場なんだよ。4階から上が住居なのさ。ある時、エレベーターで何気なく3階を押したら、扉が開いた途端、ニワトリがいっぱい走り回っているんで、びっくりしたよ。お母さんが趣味で飼っているんだって。 犬もいてね。トリュフを取るための犬と猟犬がいる。お兄さんたちの趣味なんだ。それにお母さんのかわいがっているちっちゃな犬もいる。

そんな話を聞いて「予習」していたものの、実際に私がアンドレアの家を訪れた時には、 のっけからびっくりしてしまった。敷地の庭に入った途端、複数の犬の鳴き声があたりに響き渡る。見ると大きな犬舎があり、15匹くらいの犬がこちらに向かって吠えたてるのだ。これが猟犬の犬舎。そこを通り越すと、更にまた犬の吠え声。今度はトリュフ犬の犬舎があって、同じくらいの数の犬が吠え立てる。

足を進めると、お母さんの愛玩用の小型犬が数匹ちょこちょこ出てきて歓迎する。犬を何十匹も飼っているとは想像していなかった。そうしてパン工場に入る。広大な工場だ。時間帯的に工場にいる人は少なかった。何しろ真夜中すぎくらいからパンを造りはじめるらしい。

工場を案内しながら、アンドレアが言った。「カスタードがいい?チョコレートがいい?」どういう意味かは分からなかったけれど、咄嗟に「チョコレート」と答えた。するとアンドレアはパッと近くの筒状のパンを手に取る。そして、大きな機械の先にそれを押し当てると、何ということか、機械の先からチョコクリームがニョロッと出てきて、瞬く間にチョココルネの完成だ。はいっ、と手渡されたコルネのおいしいこと!

チャーリーとチョコレート工場、という話があったが、まるでそれを地でいっているみたい。自分の家の1階にこんな機械があるって、どんなだろう。歩いて行くと、いろいろなケーキやクッキーが「売るほど」たくさんある。

あたりは、パルミジャーノ・レッジャーノの本場で、家の近くのチーズ工場にも連れて行ってくれた。チーズが作られる工程を見学できる。夏のせいか、たくさんのハエが音もなく飛び回っている。このハエはどこからわいてくるのか?チーズの中から?出口のところに販売所があったが、出来ればハエのいない季節に出来たチーズが欲しいなと思ったものだ。チーズしか食べないハエなら清潔なのかもしれないが。

今となっては幻のように思えるトリュフ犬や猟犬の吠える姿や鳴き声、目の前で出来上がったチョココルネ、チーズ工場のハエ…。

ローレンスの言葉が脳裏に蘇る。「当てになるのは、匂いと触感なんだ。」

そうだ、このパネトーネの香り、指先で摘まむふんわりした感覚、この舌触りが、私をイタリアに連れ戻し、アンドレアの優しさを実感させるのだ。
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