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Jとママの攻防戦 ―「えっ、ママのベンツあげちゃったの?」の巻

Mimi 2021.07.26

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Jは33歳。素敵なお嫁さんとゲンちゃんという3歳の息子がいて、ママの家から100メートル程のところに住んでいる。

Jは常にママが時代遅れだと言う。今回も、ママがファイア・スティックを使ってHULUを見ようとしていると、
「ファイア・スティックなんて時代遅れだよ。アップル・テレビならずっと簡単に早く見られるのに。不自由なものを使って時間の無駄だと思わない?」
と言う。ママも負けてはいない。
「映るのに多少時間はかかるけれど、私はこれで満足なのよ。」

だが、Jは屈しない。
「ぼくが注文してあげるよ。明日には届くから。テレビとつないで使えるようにするから。」

Jはママのタブレットを取ると、即座にアップル・テレビなるものを注文する。ついでにルーターも。
「10年経つと古くなって壊れるものだから」という理由で。

翌日、注文品が届くと、Jは早速アップル・テレビを設置しにやって来た。テレビ台の下の扉を開くと、ころんと落ちたものがある。
3Dテレビ用のメガネだった。届いた時に10秒ほど試しに見ただけで、しまいっぱなしになっていたのだ。



3Dテレビが商品として現れた頃、Jはママに、
「これからは3Dの時代なんだよ。」
と言った。ママは、
「そんなこと言ったって、この薄型テレビも、出てすぐの時に買ったのよ。一体いくらしたと思うの?立体的に見たい時には、想像力を使うわ。」
と抵抗する。
「あなたの思う通りにはさせませんからね。私はこれで満足なんだから。」

ところが、次の週には大きな3Dテレビが居間にドーンと設置されることになるのだ。別に大きなスピーカーも買い足されて。

結局、3Dテレビの時代なんて来なかったし、大きなスピーカーも邪魔だった。

ママは、ため息をつく。パソコンも、携帯もそうだった。Jは新しいのが出た途端、これまで問題なく使っていたものを、時代遅れだと言う。
「壊れてないし、使い慣れている。」
なんて反論しようものなら、
「壊れてないという理由だけで使い続けるのはナンセンスだよ。」「馬鹿じゃないの?」
とまで言われる。結局新しいものも使いこなせると見せてやろうという意地で、ママは新製品を買ってしまうのだ。

Jはママに新しい物を買わせる名人だ。車の時もそうだった。ママは、車の形で車種を識別できないので色で見分ける。
だから、広い駐車場に停めた時にも、自分の車が見分けやすい色の車を買うことにしている。
ベンツの店で、そのマリンブルーのベンツを見た時、ママはその美しいブルーにうっとりし、「これだ!」と思い、即買いした。

Jには、自分用のオープンカーのスポーツカーがあるけれど、ベンツの方がたくさん荷物を載せられるので、よくそのベンツを利用した。水球の試合には、チームのボールをいくつも運ぶ必要があったのだ。

ママのベンツを利用するのは一向に構わないけれど、どういうわけか、しょっちゅう追突される。
信号待ちをしていて追突されたこともあれば、コンビニで駐車待ちをしていて、後ろを確認しないままバックして来た車に追突されたこともある。
ある時は、後ろから当て逃げされ、追跡しながら「明治通りを北上中」なんて警察に通報。
相手の車の前にキュルキュルッと突っ込んで駐車して停めさせた所に、パトカーが来るなんていう、テレビの一場面みたいなのを演じたこともあった。
有難いのは、ベンツは強い車で、相手の車がぐしゃぐしゃになってしまうのに、ベンツはかすり傷がつく程度で済んでしまう。

Jが言う。
「このベンツは呪われているよ。3年の間に5回追突されているんだよ。統計的にもあり得ないよ。」
ママも黙っていない。
「車が呪われるなんて本気で言っているの?いい加減なことを言わないで。もうこの色の車は売ってないんだから、私はずーっとこれを使うの。」

ところがJの運転でママがそのマリンブルーのベンツに乗っている時、事故は起こった。
別荘の帰りに、信号待ちをしていると、突然後ろから車が突っ込んできたのだ。ベンツはちょっとフェンダーに跡がついたくらいだったが、ママは鞭打ち症になってしまい、 それから数か月も病院通いを強いられることになった。

もしかしたら、確かにこのベンツ呪われちゃったのかも。という疑念がママをよぎる。更にJが追い打ちをかける。
「今回は鞭打ち程度で済んだけれど、次はどうなるか分からないよ。」

そこで、Jとママはベンツのディーラーのところに行った。たくさん並ぶベンツ、ベンツ。
残念ながら、ママは色でしか見分けられない。ところが、そのママでも見分けられる形のがあった。 銀色のコンバーティブルで、屋根の紺色が良い色だ。
「なんて素敵なコンビネーション。これにするわ。」



後で困ったのは左ハンドルだったことだ。

ママは、右ハンドルしか慣れていない。これまでも、家の別の車に乗る度に、方向指示器を入れようとして突然ワイパーが動き出したり、 ウィンドウォーッシャー液がフロントガラスにジャバッと飛び出したりしてキャタストロフィに陥っている。それも、何分かに一回それが起こる。

こんなに順応性が疎いのに、右ハンドルの感覚でどこかにぶつけてしまったら、と思うとママはドキドキしてしまう。

ママは車庫出しさえも怖いのに、Jはまったく平気だ。Jのパパも、右側通行の国に行って左ハンドルでも全く普段のように運転できる。その遺伝子なのか。

「まっ、いいか。私は運転できないけれどJが運転すれば。私は今まで通りマリンブルーのがあるから。Jが運転しなければ事故は起きないんだし。」
とママは思った。

「前のベンツ貰ってくれる人がいたよ。新しいベンツ買ったから、もう前のベンツは用済みだ、と言ったら欲しいと言う人がいたんだ。」
その数日後、Jが言った。

「えっ!ママのベンツあげちゃったの?」「私が運転しようと思っていたのに。」

「だってもうあげちゃったもの。喜んでいたよ。」

というわけで、マリンブルーのベンツは、よそに旅立って行った。

実は以前からJはマリンブルーのベンツを運転するたびに、
「このベンツは古いよ。新しいのにしたら。」と言い続けていた。 でも、ママの思い入れが人一倍強いので買い替えに応じさせることが出来なかった。 Jの気持ちがベンツに伝わって、事故を誘発することになったのかもしれない、なんてママは思う。新しい持ち主の元では、事故も起きていないという。



さて、ママは、アップル・テレビを初めて使ってみる。
ファイア・スティックを使うよりずっと立ち上がりが早い。 マイクのマークがあり、それを押しながら映画名を言うと、たちどころに画面にそれが現れる。うふっ、とママは笑う。
「確かに便利だわ。」
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