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君よ、春は来るのだ

Mimi 2018.08.22

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 冬のさなか、春を夢見て作っていたタンポポとデイジーの陶芸作品がようやく出来上がった、Springというトマス・ナッシュの詩の中の“the daisies kiss our feet,” という表現が私のお気に入りだ。寒い英国、待ちわびた春がようやく来たのだ。目に浮かぶのは野原に咲き乱れる春の花々。だが、この詩の一番の魅力は、鳥の鳴き声のオノマトペだと思う。

 Cookoo, jug-jug, pu-we, to-witta-woo! クックー、ジャグ・ジャグ、ピュー・ウィッ、トゥ・ウィッタ・ウー。粘土をこねていても、色付けしていても、この行を口ずさんでいれば外は北風ぴゅーぴゅーでも気分は春。

 高さ数センチの置物。制作中の動物シリーズの器に、蓋のように、こちょんと載せたら、動物たちが春を運んでいるみたい。私はまだ暑い日が続くのに春の訪れを待っている。ふふふっ、ちょっと気が早いかも。

 さて、このブログのタイトルの「君よ、春は来るのだ」という言葉は、有島武朗の『生まれいずる悩み』の最後の部分から採った。
「君」が14歳の時、描いた絵の感想を「私」に求めたところから、ストーリーは始まる。少しふきげんそうな、口の重い「君」。だが、「私」は、その絵を見て驚く。「すこしの修練も経てはいないし幼稚な技巧ではあったけれども、その中には不思議に力がこもっていてそれがすぐ私を襲ったからだ。」その後10年の音信途絶の後、鉛筆描きのスケッチ帳が「君」から「私」に送られる。「君」は色をつけたいのだけれど、時間も金もないのだ。だが、それは「明らかにほんとうの芸術家のみが見うる、そして描きうる深刻な自然の肖像画」だ。

 有島が「春は来るのだ」と言うときの「春」は、「君」への応援のメッセージだ。そして、「君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし」と締めくくられる。作者は「永久の春」と書くことで、「君」の情熱が実を結ぶ日が来ると伝えている。

 この小説を読むときには、モデルだという木田金次郎については忘れよう。小説から絵を想像する方が、面白い。「君」の絵の描写、「自然の中には決して存在しないと言われる純白の色さえ他の色とねりあわされずに、そのままべとりとなすりつけてある」ような絵を画廊で目にする度、小説の中の絵はこんな絵だったろうか、などと考える。

 さて、今年も日本橋三越と東京藝術大学のコラボの催し、「夏の芸術祭」が開催された。これは、藝大の学生さんや助手さんなど若い芸術家の方々が、三越6階の美術フロア全部を使って作品を陳列する催しである。お客さんは、見るだけでなく購入することも出来る。

 芸術祭初日、友人たちを誘って行った。油絵、日本画、デザイン、工芸、先端芸術、などいろいろな分野から出品していて面白い。中でも日本画は、アカデミックな修行に裏打ちされた瑞々しい感性で対象物を捉えていて、見ていて「ああ、きれい」とうっとりする。

 そうかと思えば、アイデアで勝負する作品も多くある。タンポポの種をドライフラワーにしたものを、並べた作品。誰もこんなことを考えついたことがないに違いない。

 歩を進めて、作品を次々眺めて行くうち、突然、ある絵が目に入った途端、心がガシッと鷲掴みにされて、その世界に引きずり込まれていた。一見、明るい、色々な絵の具が、脈絡もなく、厚く塗りたくってあるような絵。チューブからそのままなすりつけたような、ピンク、青、黄、緑、赤・・・そして白。 近くで見ると一瞬、抽象画に見える。なんて素敵な色のハーモニー、と見とれていると、まず手が見えてくる。そして顔が。女神? やがて女神が今まさに戴冠しようとしているシーンが浮かびあがる。

 神々しい絵!氾濫する色がフェスティブな儀式の豪華さを演出する。画家の名は牧山雄平。絵のタイトルは「えのぐと王冠」。10号の絵。

「素材に金箔、銀箔って書いてある。どこかしら?」友人たちは、「あっ、ここ!ここにも!」と宝探しみたいに、金箔や銀箔を「発見」して楽しんでいる。優しい友人たちは、絵の前で茫然と立ちつくす私を、そんな風にして待っていてくれているのだ。

 誰さんの絵みたい、とは言えない絵。牧山雄平氏という、独自の世界を切り開いた絵。 もちろん、牧山氏は貧しい漁師なんかではない。その反対に藝大という日本最高峰の美術教育を受け、大学院まで修了していらっしゃる。

 だが、私には、修行僧のように己独自の画風を模索する孤独な姿が、『生まれいずる』の「君」のイメージと重なるのだ。この深みには、凄みがあり、神話の世界に通じるような、集合的無意識の世界で、画家と見る者は繋がる。「君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし」と言う言葉がぴったりだと思った。

 あらあら、もうこんな時間!さあ、日本橋三越に行かなければ。さっき、「会期が終わったので、お買い上げの牧山氏の絵、いつでも取りにいらしてください」と電話があったので。そう、その絵は今後わたしの家族。  
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