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勝手に歩く足―――その1

Mimi 2026.04.13

小さい頃から、自分には理解不能なことが起こるのに気付いていた。不思議だなあ、子供の頃だけかなあ、と思っていたら、大きくなってもその現象は起こった。

今日は、勝手に歩く足のエピソードのいくつかを書いてみようと思う。大学生の頃である。ボーイフレンドと海に行った。と言っても春休みで、泳ぐには寒すぎる。お弁当を持って行き海岸の砂浜でそれを食べようという趣向である。

どこの海岸だったか、良くは覚えていない。多分三浦半島。季節外れの海岸は閑散としていた。波が押し寄せて濡れない程度、波打ち際から5,6メートルの砂浜に、レジャーシートを敷いて腰をおろし、お弁当のタッパーの蓋をあけ、おにぎりを目にした途端である。私は、突然ぴょこんと立ちあがった。一緒のボーイフレンドは「どうしたの?」と怪訝な顔。だが、私の足は口をきくより先に歩き出していた。彼は、あわててタッパーの蓋を閉め、カバンの中にそれを詰めて撤退の支度をしようとした。

「そんなことはしなくていいの。そのままにして!とにかく今すぐここを離れなくちゃ。」わたしはそう言うのが精いっぱいだった。私の足が勝手にスタスタ歩いてその場を離れるのだ。彼は、レジャーシートもお弁当もすべてそのままにして、あわてて追って来た。私の切羽詰った様子に、理由を問いただすこともしなかった。

二人でどこをどう歩いたのか。多分20分くらいそこいらを歩き回ったと思う。なぜか突然足がもとの所に戻り始めた。彼は、「もう戻っていいの?お腹が空いたよ。お弁当はちゃんと残っているかなあ」などと言いながらついてくる。

遠くに私たちのレジャーシートが見えてきた。ところが・・・、レジャーシートは一枚しか敷いてないはずなのに、もう一枚何か黒っぽい大きなものがシートと波打ち際との間にあるのだ。それとシートは2メートルほどしか離れていない。近づいて見ると、ゴザだった。こんな広い海岸なのに、わざわざ私たちのシートのすぐ前にゴザを置かなくてもいいのにね、などと言いながら戻って気づいた。目の前にあるゴザはこんもり丸まっている。

「何だろうね」とお互い言いながら、レジャーシートに座り直した時、突然人声がして、数人の男たちが私たちのところに近づいてきた。警官の服を着た人もいる。えっ?ここではお弁当禁止なの?と訝しく思う間もなく男たちは私たちを素通りしてゴザを取り囲んだ。

こんもりしたゴザを指さしながら、何か話している。「エモン」という言葉が聞こえて来た。「えっ?」聴きなれない言葉に耳を疑い、ゴザの形状からようやく、ゴザのこんもりした膨らみの正体が土左衛門だと認識できてきた。

私たちがあわててお弁当のタッパーと、レジャーシートを引っ掴んで、その場を後にしたにしたのは言うまでもない。

もし、最初にお弁当を食べようとした時に、わたしの足が勝手に歩き出さなかったとしたら・・・。おにぎりを頬張る私たちの目前に土左衛門が波に押されて転がって来ていたに違いない。ホラーそのものである。あやうく第一発見者になるところだった。

その後、ボーイフレンドは、「なんでわかったの?」と何度も聞いたけれど、私にもさっぱりわからない。足が勝手に動いたの、としか言えない。

そのボーイフレンドはやがて私の夫になった。結婚してからも、勝手に歩く足は健在だった。

ある時、息子を連れて家族で近くの総合体育館に行った。プールで泳ごうとしたのである。だが、体育館の駐車場は満車。体育館前の路上にはずらりと車が駐車している。仕方ない。ここで停めよう。どうせ30分ほど。さっと泳いで戻って来よう、ということになった。

女性用の更衣室で着替えてからプールに行くと、ちょうど夫と息子は水に入ったところだった。私も入ろうと、ほんの親指の先くらいを水にチョンと入れた途端、突然足は水に入らず、更衣室に戻りだした。自分でもわからない。どうして?泳ぎに来たのに・・・。自分でも狼狽する。夫が大急ぎで私に追いつき、どうしたの?と言う。「とにかく私は車に戻るから、あなたたちは泳いでいて」そう言い置いて、更衣室に戻り、着替えて外へ。

体育館の出口で、夫と息子と鉢合わせた。ママの様子がおかしいので心配になった二人は、やはり大急ぎで着替えて外に出たのだ。わたし達は、広場を突っ切って車のところへ。停めた所にさっきと同じく車がずらりと駐車。ところが、さっきと違うのは、地面には白いチョークで数字が並ぶ。何と、違法駐車の取り締まりの最中だった。警官が今チョークで文字を書いているのは、うちの隣の車だ。危機一髪、ほんの数秒差で、取り締まりを逃れた。

足は勝手に歩くばかりではない、歩くのを拒否することがある。その月曜日、私は、いつもの体操教室に行くため早めに支度。だが、もう行かなくちゃ、遅れちゃう、ドキドキするのだが足が動かず家を出られない。遅刻確定。いつもより30分ほども遅れて着いた丸の内線の駅に張り紙。地下鉄が止まっている。私は、言うことを聞かない足のお蔭で地下鉄サリン事件の難を逃れたのだった。


読売新聞オンラインより