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冥途からのエール

Mimi 2025.11.04

今年の3月末で大学を定年退職。仕事は大好きだったが、仕事しないのはもっと好き。だが自ら早期退職する勇気も口実もないまま定年を迎えた。

大分前から、定年後にすることを計画。まずはグランド・ハープの練習。福地ハープラボの福地氏は、私が退職したらすぐに練習できるように、日程を合わせてハープを最上の状態にしてくださった。ワイヤ弦も取り替えて貰ったら、澄んだ音になった。福地氏は本当に強い味方であり応援者である。氏の尽力に応えるように練習しなければ。




ハープの調整をしてくださる福地ハープラボの福地さん
日本にいる数少ないハープ専門技術者の一人


ハープの他にスタインウェイのグランドピアノも、弾かれるのを待っている。 読みたい本も山積みだ。




原題はActive Inference

著者の一人、神経科学者フリストンが提起した、自由エネルギー原理の意義を強調しながら、我々が生きる世界についての不確実性を解消する、能動的推論を解く。

表紙裏のこの文を読んだだけで、ゾクゾクするほど面白い本だとわかる。
最初は言語で読み始めたが、翻訳に切り替えた。


自分の好きなハープとピアノの演奏家の公演予約もばっちり完了。

ところが、である。大学に行かなくなったら、あらゆる緊張感から解放され、精神も緩み、ハープの練習もピアノの練習も、読みたい本もいっこうに進まない。勤めている時には、いつも緊張していて、常に頭の中にはアイデアがぐるぐる回っていた。寸暇を惜しんで読書もした。

「学問のさびしさに堪え炭をつぐ」という山口誓子の句が私の座右の銘だったのに、逍遥遊の世界にふわふわというか、カウチポテトでゴロゴロ転がるばかり。

それに思っていたほど暇ではない。お昼過ぎには小学2年の孫のゲンちゃんが学校帰りにお友だちと一緒に来る。 空の段ボールの箱を使ってホームレスのおうちのような物を作るので、おばあちゃんとしては、ガムテープやペイントを用意したり、窓やカーテンになる材料を提供したり結構忙しい。


建築中の段ボールハウス


自分でも呆れてしまったのは、3か月前に切符を買っておいたピアノのリサイタルに行きそびれたことだ。電話でしか予約を受け付けないので、朝から60回も電話をかけ続けて、夕方ようやく入手出来た貴重な切符。お金を払いにわざわざ会場まで行って、切符を手にした時にはどんなに嬉しかったか。それなのに、公演日に行き忘れた。


行きそびれたピアノリサイタル


アチャー、わたしはこのまま認知症になってボロボロになってしまうのか。ぼけ老人で嫌われる自分の姿が目に浮かぶ。なんとかならないか?

有難いことには、私の回りには気兼ねなく過ごせる人たちがいる。それに、トルコ料理も習いに行っているので、料理を作ってあげることも出来る。

さて、私の入っているオーストラリア・ニュージーランド文学のズーム読書会に、いつもはオーストラリアから参加しているAさん(日本人)がいる。彼女は日本だけでなくオーストラリアの弁護士資格も持つ。その彼女が仕事で日本に来た。コロナ後からズームに切り替わった読書会は、遠くの人も参加できる反面、実際にお目にかかれない寂しさもある。Aさんが日本に滞在中に、東京近辺のみんなでランチしましょうということになった。会場は私の家。メニューは勿論トルコ料理。

パーティの前日にAさんがうちに泊まりに来てくれた。なんと、お気に入りのぬいぐるみ持参だ。私の持っているぬいぐるみと合わせてみると、総勢十数匹いる。ランチ会場の隅のベンチに彼女は双方のぬいぐるみを可愛く並べた。ぬいぐるみでさえ、仲間が増えて喜んでいるように見える。


ぬいぐるみの集合写真


翌朝から料理開始。9時過ぎには、Rさんもエプロン持参で来訪。彼女は翻訳家で、厄介な翻訳に苦戦している中、朝から駆けつけてくれた。初対面の彼女でも、ズームでいつも会っているので、昔からの知己みたいだ。すごく細いのには驚いたけれど。
お昼になると、他の出席者の大学の教授たちも参加。多忙な方々なのに有難い。ファースト・ネームで呼び合って、和気あいあい。

ここで告白すると、殆どの料理を作ったシェフはAさん。彼女は、お料理の達人だ。前夜レシピをさらっと見ただけで、何から作りはじめて、同時進行で何をやり、最後にオーブンに何と何を入れるという手順が頭の中で構築されたらしい。翌日はそれを素晴らしい手さばきで実現していく。
Rさんはスー・シェフ、手際よくパン生地で舟型のピデ(トルコのピザ)を作り、具のほうれん草を炒める。素晴らしい連携プレイがあまりに整然と事が進んでいくので、感心するばかりだ。
Aさんの本領は、ケーキ作りでも発揮された。「花嫁のケーキ」はケーキを焼き、シロップを作ってかけ、その上からミルクプリンを作ってかけるという手のかかるもので、私なら、ケーキだけでも前日に焼くのだが、Aさんは、当日なんなく他の料理と一緒に完成させた。

出来上がった料理は、超がつく程のおいしさと美しさで、皆さん大満足。「花嫁のケーキ」なんて、お腹一杯なのに、あまりにおいしくて、全員お代わりせずにはいられないほど。彼女はレストランを開いても、三ツ星を取れるだろう。


キュルダン・ケバブ-肉団子をナスで巻いたもの。上にミニトマトとピーマン


ほうれん草のピデ?トルコ風ピザ


ひき肉入りサルイェル・ボレイ
パラータという皮にひき肉を巻く


上は、焼く前の様子。焼いた後の写真を撮り忘れた。
焼くと下の写真のようになる。料理教室の写真より。


花嫁のケーキ
全部白いのでそう名付けられている


盛り付け写真


実は、私が役立たずだったのは、足が痛かったせいだ。前の週に普段歩かない距離を歩いたら痛くなった。パーティの二日後に杖をついていつものマッサージ屋さんに行っても、足の痛みは治まらなかった。その帰宅途中メールを見て驚いた。同じ読書会でご一緒のT先生急死の報。出先で倒れられ、そのまま亡くなったと。えっ、私より若いのに。お世話になったし、同じ大学で教えていた。なんとしても翌日のお葬式に行きたい。

そうだ、整形外科に行けば痛みが取れるかも、とそのまま整形外科に行った。診察したドクターはアキレス腱が切れかかっていると言う。その場で足裏から膝近くまで、包帯でぐるぐる巻きにされた。もしアキレス腱が本当に切れたら、全治3か月はかかるよ、とドクター。とてもお葬式には行けない。

もし、お葬式に行こうと思わなかったら、整形外科には行かず、結局アキレス腱が切れてしまったかもしれない。そして、ベッドにいるうちに、ますますボケたりして。

私は、亡くなったT先生が、冥途から救いの手をさしのべてくれたような気がした。「お葬式に来ようというお気持ちだけで結構。あなたは、シャバでやりたいことをやってね。」

はあい、そうします。私はもうちょっとこの世を楽しませていただきますね。

そちらは、そちらで読書会をしたらいかが。今度の本はMichel Bennett のBetter the Blood。 マオリ作家のミステリーですよ。面白そうでしょう?


次に読む、マオリ作家のニュージーランドを舞台にしたスリラー

マオリの女性刑事が主人公
18世紀のイギリス人によるマオリに対する残虐行為と、現代のアイデンティティの問題に絡めてストーリーは進む