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思わず酒神バッカスに感謝した!私の心に残るワイン達

 2021.02.28

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ワインが他の酒類と最も異なるのは、全く同じヴィンテージ(造られた年)、全く同じ畑、全く同じ作り手であっても、1本1本が歩んできた環境によって、全く味わいが変わってしまうことだろう。 私はブルゴーニュとシャンパーニュの「古酒」のみを扱う店を運営していたことから、全く同じワインがそれまでの保存状態などによって、別物になっているシーンに何度も出くわした。

それはもちろん「ダメ」になってしまったこともあったが、それとは逆に「何だこの素晴らしさは!」と酒神バッカスに感謝したくなるようなワインに出会った僥倖もある。 今回はそんな心に残るワイン達との出会いについて、お伝えしたいと思う。

1975 TAITTINGER Comtes de Champagne



テタンジェ社が誇るハイブランド、Comtes de Champagne(=「シャンパーニュ侯爵」の意)の1975年ものである。 この写真は2018年のものなので、この時点で40年以上前のシャンパーニュということになる。 熟成が進んで飴色になり、香ばしさに鼻孔がくすぐられる。

この飴色は「メイラード反応」によるもの。

メイラード反応とはプリンなどの上に乗っている「カラメル」と基本的に同じものであり、糖を焦がしたような、甘く香ばしい風味になる。 ちなみに最近のシャンパーニュを40年以上熟成させてもこのようにはならない。

シャンパーニュは瓶内で一次発酵(アルコール発酵)と二次発酵(炭酸を発生)という2度の発酵過程を経るため中身が「目減り」する。 その目減り分を補うために「ドサージュ」といってリキュールなどの糖分の多い酒類を最後に加え、その分量で辛口、甘口を決めるのだが、昨今のちょっと行き過ぎた「辛口ブーム」の影響で、最近ではこのドサージュの量が非常に少なくなっている。

つまり最近のシャンパーニュでは糖分が少なく、熟成させてもメイラード反応が起きにくいのだ。 「このようなシャンパーニュには今後出会うことができない。」 そんな切なくもどこか懐かしい味わいが、心に残る1本であった。

1990 A.Rousseau CHAMBERTIN



私が過去に飲んだ全てのワインの中で、「一番旨い!」と言い切れるのがこの1990年のアルマン・ルソーのChambertin。

ブルゴーニュで最も偉大な生産者の一人であり、シャンベルタンの王と呼ばれるアルマン・ルソーによる、「THE Chambertin!」、しかもブルゴーニュの近年最大の当たり年、1990年ものなのだから、まずかろうはずがない! すでに30年近い熟成を重ねていたため、色はややレンガ色がかっているが、香り、味共に若々しくフレッシュで、エレガントでありつつ力強さも感じることができ、兎にも角にもバランスが素晴らしい。 味わったことが夢なのではないかと頬をつねりたくなるほど、記憶に刻み込まれた1本である。

1985 J.TRUCHOT CLOS DE LA ROCHE



作り手であるジャッキー・トルショーはアルマン・ルソーほど有名な製造者ではない。 またクロ・ド・ラ・ロッシュも、もちろんグランクリュではあるけれど、シャンベルタンとミュジニーに挟まれて、どちらかというと「狭間」の印象である。

しかしこのジャッキー・トルショーのクロ・ド・ラ・ロッシュは、私の脳裏に強烈に焼き付いている。

真面目で素直。力強さと繊細さのバランスが良い、モレ・サン・ドゥニの特徴がストレートに伝わってくる。 昔ながらの技法を変えることなく現代に伝える日本の工芸職人のような、そんな不器用でありながら繊細な優しさが感じられる。

「もう一度飲んでみたい!」素直にそう思わせる、心に残る1本である。 Ps.ジャッキー・トルショーは2005年に引退してしまったため、彼の新作はもう二度と飲むことはできない。

1990 VOGUE MUSIGNY BLANC



モンラッシェやムルソーを有する「世界最高の白ワイン」の産地、コード・ド・ボーヌ地区に対し、ロマネ・コンティやシャンベルタンを有するコート・ド・ニュイ地区は「世界最高の赤ワイン」の産地であり、生産量の90%近くは赤ワインが占める。

そのため、コート・ド・ニュイ地区のグランクリュ(特級畑)で白ワインを生産できるのは「ミュジニー」だけである。 このミュジニー・ブランはそれだけでも希少価値があるのだが、生産者であるヴォギュエのこだわりによって、更にプレミアムな1本となった。

ヴォギュエ(Comte Georges de Vogüé=コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ)はミュジニーで唯一白ワインを造る生産者なので、このヴォギュエが生産しない限りミュジニー・ブランはこの世に生まれない。 にもかかわらず、頑固一徹、品質に徹底的なこだわりを見せるヴォギュエは1993年を最後にミュジニー・ブランの生産をやめてしまう。

といっても、特級ミュジニーの畑で取れたブドウを使ってワインを造らなかったわけではなく、ちょうどブドウの木の植え替えの端境期だったことから、「今のこの若い木から取れたブドウでは、ミュジニー・ブランを名乗ることはできない」といって、「ブルゴーニュ・ブラン」としてリリースしていたのだ。

ちなみに分りやすく米に例えると、「魚沼産コシヒカリ」として高く売れるのに、「北陸産コシヒカリ」として販売していた感じである。 結果として2015年に復活するまでミュジニー・ブランは世に出ることはなく、世界でも最も希少性の高い白ワインとして有名になった。 自らのプライドをかけ、ミュジニー・ブランとしてのリリースを取りやめたヴォギュエ。

それ程までにこだわりを見せる生産者のワインなのだから、この1990年のミュジニー・ブランが旨くないわけがない。 ヴォギュエの生産者としての矜持を感じる、記憶に残る1本である。

二度と会えないワインは、心の中で生き続ける



一期一会。 1本1本状態の異なるワインにおいて、同じワインに出会うことは二度とない。 特に今回上げた4本は、生産者が引退したり、今とは作り方が変わったりして、今後数十年待ってもこの世に出てくることのないワインである。 「二度と会えない」と思うと切なくなるが、ワインはいつまでも、私の心の中で生き続けている。
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