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「プラダを着た悪魔2」は本歌取り──デジャヴの先にあるもの

Mimi 2026.05.27

『プラダを着た悪魔』は大好きな映画の一つ。原著者のローレン・ワイズバーガーが書いた原著も読んだが、鬼編集長のモデル、アナ・ウィンタースのアシスタントをした実経験を元に書いた小説だから、アナの暴挙に恨み骨髄で、個人的にしっぺ返しをしている感じがした。

でも、映画を見ると、雑誌ランウェイ編集長ミランダ(メリル・ストリープ)の自分のヴィジョンを具現化しようとするすさまじいエネルギーに驚嘆するし、主人公アンディ(アン・ハサウェイ)が、ファッションど素人から努力して経験を積む様子にも親近感を覚える。

さて、『プラダを着た悪魔2』を日比谷のミッドタウンで見た。見終わった直後、もう一回見たい、と思った。そんな映画はなかなかない。そこでネタバレにならない程度に(と言ってもちょっとバレてしまうのは仕方がないが)デジャヴの視点から書いてみようと思う。日本古来の言い方で言えば、「2」は本歌取りの世界なのだ。


まず、映画はアンディの歯磨きのシーンから始まる。前作の始まりと同じなのだ。だが20年後のアンディが鏡に映る。このシーンだけで、次にはどんな展開になるかの期待が高まる。 前作では、歯磨きの後、モデルのような人たちが、高価な下着を丁寧に身に付けて行く様子が描かれ、それに反してアンディは無造作にピンクのパンティを取り、それじゃ就職の面接に行く勝負パンツにならないと考えたのか、白いのを選ぶ。今回はどんなパンティを選ぶのかな。でも、パンティは選ばない。

こんな風に、「2」では、ちょっと前回を思い起こさせるシーンをデジャヴで見せてから、違う展開になるというパターンが多用され、それが観客をわくわくさせる要因になっている。 「ああ、今度はそう来ましたか」と心の中で思わせ感心させるのだ。

前作で第一アシスタントだったエミリーは、今はディオールの店を任されている。私生活では子供が二人いながら離婚し、富豪と付き合っている。その男性がどのくらいの金持ちかと言うと、最近彼女にモディリアニとモネの絵を買ってあげたそうだ。

ちなみに、このブログの筆者のMimiが息子一家と去年モネの展覧会に行った後、息子はミュージアム・ショップで気に入った絵の原寸大のコピーを買った。30万円。えっ、こんな印刷物に30万払ったの?と驚く私に、息子は言う。「この大きさのモネのホンモノだったら、200億円だよ。」200億円の絵を買う人は、どのくらいお金を持っていれば、ポンとモネを買ってあげられるんだろう。多分何兆円も持っているんだろう。私なんて、「なんちょうえん」と打つと、「何腸炎」と変換された。「難聴炎」より少しましかもしれないけれど、お金持ちはちゃんと変換されるだろうな。豊臣秀吉は、現代のお金に換算すると200兆円持っていたそうだから、そんな人は、ガムを買うくらい気楽に買えるに違いない。


ミュージアム・ショップのモネの藤の絵


さて、エミリーと違って、アンディはあんまりお金とは無関係、ロマンスとも程遠い生活をしているようだ。昔の古巣のランウェィに初出社する時にも、前作の初出社の時のようなダサい恰好はしないが、11ドルで買った古着のマルジェラのジャケットを着ていた。彼氏も子供もいず、卵子を凍結してある。その卵子が生まれた時の名前だけ決まっているという状態。住んでいるところもひどくて、水道の蛇口をひねると、茶色の水が出て、透明な水が出るのに暫く待たなければならない。いまだにリアル・ジャーナリズムを目指しているのだ。

健在で意気軒昂なのはミランダ。だが、時代の趨勢が彼女をも余儀なく変化させる。会議の時に少しでも不適切な発言をすると、たちどころに注意される。前作では、誰も彼女に反論出来なかったのとは大違い。前作では、出社した際にアシスタントの机に放り投げていたコートも、自分でハンガーにかけなければならない。紙の雑誌ではなく、電子機器で見る読者に対応しなければならないことも、20年の間の変化を感じさせる。

こういう対比は、前作を見ていたからこそ、比較して面白く思うポイントだ。前作では全員白人で埋め尽くされていた会社にも、他人種が雇われるようになっているのにも注目。

ここまで書いて来て、前作を見ていたからこその場面が次々思い出される。エミリーがいまだにダイエットしている姿も印象的。今回のチョコのお菓子を食べる時に「シェアすればノーカロリー」と言うセリフは、前作でのダイエットのエピソードと繋がる。

前作でミランダは大きなリボンの服を「特にあなたの為にデザインした」と言われた時、不満顔をした。「2」でも超特大のリボンのデザインの服に対して、周りの人たちが「ミランダはリボンが嫌いだから」と動揺して右往左往するシーンが出て来る。

そして、何といっても音楽。圧巻はレディ・ガガのファッション・ショーでのステージだが、前回の音楽が適材適所にそのまま使われているのだ。例えば前作のワクワクするような高揚した音楽、ドキドキハラハラの場面の音楽、心の闇を現すような音楽等が、そのまま「2」のそういう場面に使われている。音楽が鳴り出した途端から、いわゆるデジャ・アンタンデュに見舞われ、今度はどんなことが起こるの?という期待感に繋がる。

本歌取りが感心するほど成功した映画だ。