私が仕事で持つもう一つの顔

ROSSO 2020.07.28
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私の1年間の仕事の中で、最も有意義な時間と言えるのが、寄付先を選定する作業である。「寄付」と聞くと、まだ日本ではあまり馴染みがないものであるがゆえに、富裕層の節税名目であったり、自己顕示欲や財力の誇示をアピールの意味合いが強かったり、多くの人にとって良い側面から見られることが少ないのも現状であろう。

近年、日本でもふるさと納税やクラウドファンディングといった制度の拡充を機に、多くの人の目にも「寄付」という文字が届くようになった。しかし、欧米諸国と比較すると、制度の使い勝手や市場規模の観点から見ても国民に浸透したとは言い難い。

では、なぜ私は寄付を行うのか?

それは、できるだけ多くの社会問題に対して当事者意識を持って向き合いたいと考えているからである。

私は、これまでに寄付を通じて数多くの社会問題と触れ合ってきた。動物の殺処分問題、人種差別、貧困、女性への暴力、格差社会などがある。



普段ニュースでは取り上げられないような深刻な問題や、目を背けたくなるような問題に至るまで、「本当に、ここは先進国か?」と、目の前の光景を疑いたくなるような場面に何度も出くわした。

しかし、前置きして伝えておきたいことは、寄付をしたからといってその行為自体が偉いわけでもなければ、そのお金を通じて何か問題が解決したわけでもないということだ。

私はこれまで、自分なりに解決したいと思う社会問題をビックアップして、その中から有益な活動を行う20箇所ほどの団体に定期的な寄付をおこなった。お金を出す以外にも、進捗状況を現地まで見学しに行ったり、自分のお金がどのように使われたのかを担当者からインプットしたり、社会問題自体にどのような変化や解決の兆しがあったのかを、各プロセスを細分化して可視化したりすることで、問題の大小だけでなく、物事の本質を見るように心かげてきた。

しかし、実際のところ、私が注視して積極的に寄付を行う社会問題を可視化するたび、問題自体の根幹がいびつであったり、解決を図るには経済システム自体から抜本的に見直す必要性があったりするなど、解決どころか悪化の一途を辿っている問題さえある。



私は、この記事を通じて、「寄付をする」ことではなく、この国には各種さまざまな社会問題があることを知って頂きたいと思っている。なぜなら、寄付をするという行為だけなであれば、お金の有無でできる・できないか選別されるが、社会問題に関心を示すことは誰でもできると考えているからである。

そして、寄付だけでは解決しない問題でも、多くの人が注視することでより大きなインパクトをもたらすことを知っているからである。次回は、なぜ私が仕事の一環として「寄付」に注力するかをお伝えしていきたい。
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