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一年を二十日で暮らすよい男

Mimi 2020.05.25

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大学で教えるようになってしばらくして、休み時間の講師室で、先輩の教員が教えてくれたのが、タイトルの「一年を・・・」の川柳である。

江戸時代には、大相撲が春、秋の二場所で十日ずつだったので、一年のうちに二十日働けばよい力士のことを揶揄する句だということ。「でも現代では、力士は六場所もありますからね、」そう言って彼は続けた。「今じゃね、これは大学の教師のことですよ。」

その川柳を習った当時よりは、今大学教師の生活は忙しい。なにしろ年間の教えるコマ数が決まっているから、曜日によっては国民の祝日なのに働かなくちゃいけない。翌年分、毎回何を教えるかのシラバスを前年度末に提出しなくちゃならない。

まあ、そんなことをぶつくさ言っていた頃が懐かしい、という事態になった。コロナ騒ぎで大学が前期は全部Web授業になったのだ。世の中テレワークとかそういう話で持ちあがっていたけれど、まさかそれが我が身に降りかかるとは思ってもいなかった。

大学からは次々お触れが来る。聞いたこともないソフトを使って、講義を作ったり、テストをしたり、レポートの添削をするのだ。自動採点のテストなんていうのもある。勿論、採点はエクセルだ。Wi-Fi環境のない学生さんや、スマホしかない学生さんもいるから、配慮しろ。大学のサーバーの関係で毎回の授業は10MB以下に押さえろ。出席はレスポンを使え。Zoomも使え。レスポンって何?Zoomって?ところで10MBってどのくらいなの?大学は一切説明してくれない。質問も出来ない。

コンピューターなんてワープロとしか使っていなかった私は途方に暮れた。それは同僚も同様。仲良しの同僚たち四人で作っているLINEグループは、パニックに陥った。「これって、私たちに丸投げじゃない!」「お給料いらないから、もうやめたい。」過激な言葉がスマホを飛び交う。

でも、結局わたしたちは、自分たちの運命を受け入れ、Web授業つくりに乗り出した。まずはZoomの練習。毎日交代でホストになって、Zoom Meetingを開催し、DVDを流してみたり、資料を配布したりする練習をする。授業ソフトでは、作った小テストを配布して自動採点してみる。みんな違う課目なので、突然ドイツ語のテストが配られたりすると、久しぶりのドイツ語にうろたえる。

同僚とそういう練習しながらも、自分もWeb授業を作成。朝早くから始めて、必死に働き、気が付いたら夜の10時半で、その日まだご飯を食べていないのに気付いた、なんていうことがしょっちゅう。おまけに、何時間もかけて必死に作った授業なのに、どういうわけか、画面からパッと消えてしまい、最初から作り直し、なんていうこともしょっちゅう。

そんな時に、新聞を読んでいたら、ニーマン・マーカスが破綻したという記事が出ていた。ニーマン・マーカスと言えば、以前わたしは、それの通販の会員で、アメリカから毎月カタログが送られてきた。私が今でも覚えているのは、立派なクリスマス・カタログだ。豪華で夢のような商品が美しい写真とともに載っている。「自分の家の湖に浮かべるボート」なんていう何千万円もする船があったりする。「ルードウィヒーー神々の黄昏」という映画に出てきた、ノイシュヴァンシュタイン城の洞窟でルードウィヒ二世の乗るような船だ。ああ、こんな船を買う人がいるから、カタログに載せているんだ、いったい、どんな人が買うんだろう。まず、自分の家の庭に湖がなくちゃいけないし。そんなことを思ったのを覚えている。

数年前、ヨーロッパの結婚式に行った時、アメリカ人の若い男性と知り合った。気楽に“What do you do?”と仕事を聞いた時、彼はちょっと戸惑った顔をした。無職だという。怪訝な顔をした私に、彼は次のように話した。大学の時に会社を立ち上げて、それが成功したので、それを売り、一生働く必要のないほどの資産を作ったこと。今は、幼い二人の娘たちのパパとして、毎日成長を見守っていること。

彼の妻はスゥエーデン人で、最近スウェーデンに城を買ったという。部屋数60の城で、森や湖も敷地内にある。妻はインテリア・デザイナーなので、しばらく彼女は各部屋のインテリア・プラン作りに忙しいだろう、彼は嬉しそうに笑った。

あの彼は、今頃、コロナなんて全然関係なく、娘たちと森を駆けまわったり、クリスマス・カタログに載っていたようなボートに乗って暮らしているのだろうか?

でも、なぜか、全然うらやましくないのだ。私の生活は、一年を二十日で暮らすような生活から、寝る間もなく忙しい生活に激変してまった。だが生まれて初めて、寝食を忘れて慣れない仕事に没頭する生活をしてみて、これは自分の今まで開発されていなかった能力を引き出す良いチャンスじゃないか、と思えてきたのだ。少なくともボケてはいられない。

今は保育園も休園。息子も嫁も、交代でテレワークと子守。息子一家の誰かが毎日来る。テレワークだったり、子供と遊ぶためだったり。私自身もテレワークしながらそういう姿を見るのも楽しい。


ジャスミンの香るベランダは憩いの場所
シャボン玉遊びをする息子と孫


わたしもコーヒーで一休み

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