茶杓入れに込められた思い―原三溪展に行って

Mimi 2019.09.26
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横浜美術館に「原三溪の美術-伝説の大コレクション」展に行った。原三溪が買い集めた様々な美術品と、本人の絵とで展覧会は構成されていた。



展覧会で、私がふと目を留めたのは、高橋箒庵(そうあん)作の、細い竹の筒で作られた茶杓入れと茶杓である。茶杓入れには墨で俳句が書かれている。

冬枯れや我と茶をのむ友もかな

良い句だな、と思った。私が上記の句から想像したのは、外は冬枯れ、でも君はお茶を飲みに来てくれた。そういえば君もすっかり白髪になり、お互い冬枯れの歳になったな、というような境地だった。
更に、仏僧でもあったお習字の先生に教わった「喫茶去」(きっさこ)を思い出した。その時、先生はこの言葉の意味を、ただ「お茶でも飲みにいらっしゃい」ということだと教えてくださった。だから私は、「喫茶去」を下敷きに、お茶を飲みあう友情をこの句に感じた。

でも、終助詞「かな」は、どうもひっかかる。典雅な茶杓入れには素人くさい。本当に詠嘆の終助詞なのだろうか?こんな時に役立つ助っ人が、拙ブログ「上野東照宮の寒牡丹」でご紹介した上代文学ご専門の渦巻恵さん。たちどころに、私の解釈の誤りを指摘してくれた。まず「友もかな」は「友もがな」ということで、つまり「友がいたらいいなぁ」の意味なのだそうだ。更に、恵先生の解釈で、この句の深い意味がわかった。以下、彼女のlineからの引用。

山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

という古今集の歌があります。かれぬ、は掛詞で、草が枯れて人も離れてしまった、ということ。
かりそめの友は、花やモミジの頃は訪れて、冬にはやってこない、真の友は、寒い冬にもやってくるだろう、そういう友がいて、ゆっくり茶でも点てて飲みたいなぁ、そんな時にこの茶杓を用いて。

ああ、そうか、納得の行くご説明である。

原三溪は、若い芸術家を積極的に支援していたという。その時に言ったことは、「君個人を支援するのではないのです。日本の美術の為なのです。」彼は、日本美術界の一大パトロンだった。単に作品を買い取るだけではなく、例えば、横山大観、安田靭彦、下山観山など、当時若かった画家を家に呼び、良い作品を見せ、夜を徹して語り合い、審美眼を養う手伝いをした。
ところが、それも大正12年(1923)の関東大震災まで。震災後は、横浜市の復興に力を尽くし、美術品を集めることをふっつりとやめたそうだ。

そういう背景を前提に茶杓入れを眺めてみよう。展示品リストを見ると、制作年は昭和11年ごろとある。つまり、1937年、震災後14年も過ぎての作品だ。

恵さんの解釈を踏まえてこの句を読むと、いったい、高橋箒庵とはどんな人だったのだろう、という興味が湧いてくる。どんな境地でこの句を詠んだのか?原三溪にかわいがって貰った若い茶人が、援助して貰えなくなって久しいので、こんな句を書いて無心をしたのだとしたら、興醒めである。だが、「友」と書いてあるところを見ると、原三溪はパトロンではなく、友達であったと考えられる。

そこで高橋箒庵について調べて見ると、本名は高橋義雄、茶道の世界だけでなく、実業界でも名を成した人だとわかった。原三溪が1868年生まれなのに対し、箒庵は1861年生まれ。ほぼ同世代の人なのである。
高橋は福澤諭吉に傾倒し、ついには福澤の率いる「時事新報」の記者になったのを皮切りに、今の三越である三井呉服店、三井鉱山などの経営に加わり財を成した。三井の重役を務めた大物実業家である。
だが、1911年、50歳の時に実業界から身を引き、以後は茶道三昧の生活を送ったという。著書も多数ある。
その箒庵が亡くなったのは、なんと1937年。茶杓を原三溪に送ったその年ではないか。箒庵は人生の冬枯れ(死期)に達し、原三溪に自ら作った茶杓を送り、旧交を温めたかったのだ。

この茶杓を貰って原三溪が箒庵を訪れたかどうかは知らない。だが、互いに名を為した者同士の気の置けない友情とロマンを感じる。

更に、高橋箒庵について調べて見ると、なんと、彼は護国寺を茶道本山にするべく境内の整備をしたのだと知って驚いた。実は護国寺は私のホームグラウンド。小さいころから慣れ親しんできた石灯籠群、茶室、月光殿や不老門、多宝塔など、高橋が整備に関わった建物と知り、ますます高橋の茶杓の俳句に惹かれた自分との不思議な縁を感じた。

そういう知識を持って、護国寺を改めて散策してみた。ああ、この松は、箒庵が愛した松なのだろうか。この筆塚や針塚も高橋が通った道筋にあったのだろうか、そう思いながら歩くと、茶の道に邁進した高橋の句が更に身に迫って感じられた。

護国寺散策

仁王門


一段と高いところにあるのが不老門


本堂


多宝塔


茶室の一つ 箒庵という名の茶室もある


筆塚


針供養塚


鐘楼

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