手織絨毯の世界

YOU 2019.01.28
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 営業先で知り合った山本さんという60代のマダムがいる。山本さんはかつて、誰もが知る某有名飲料メーカー社長の右腕として、京都で働いていたことがある、現在60代後半。京都にいらっしゃった頃からだいぶ年月が経っているとはいえ、今でもふつうの60代女性とは、やはり何かが違う。大企業の会長に近いオーラだ。

  私は、社長の右腕として働いていた山本さんが、巷の所謂“おばさま”とは全く異なる雰囲気であると、初めてお会いした瞬間から感じていた。現在は京都を離れ、地元に戻って呉服店を経営し、成功されている。そんな山本さんとの出会いは、その呉服店へ私が営業で売り込みに行った際のことだった。

  学生時代から起業していた私は、その経験や経営に対しての熱い想いから、山本さんとはすぐに仲良くなった。やはりおもしろい人は年齢に関係なくおもしろく、どんなお話も非常に勉強になる。山本さんも私のことを非常に気に入ってくださった。

  ある日、私は仕事の関係で山本さんのご自宅に招かれた。仕事の話をひと通り終え帰ろうとしたとき、ふと山本さんからある展示会へのお誘いを受けた。「今度、京都に手織絨毯を一緒に見に行かない?若い頃から良い物に触れておくと勉強になるわよ」。

  正直、部屋のインテリアにはこだわりがあったし、美術品は好きではあったが、手織絨毯には全く興味がなかった。しかし、せっかくの機会。まだ知らない物への出会いは大切にしたい。しかも、よくよくお話を聞いてみると、お得意様しか招待されない所謂“一見さんお断りの展示会”とのことだ。

  なるほど。ハイジュエリーやフェラーリと同じように、買った人間にしか紹介されない高級絨毯の世界もあったのか。私は益々興味が湧いた。若輩者の私にご厚意をくださった山本さんに感謝し、友人という形で特別に参加させて頂くこととなった。

  会場に着いて驚いた。入口を見ると、黒いスーツに身を包んだ男性が一列に並んでこちらを向いている。車から降りてくるお客様一人ひとりを丁寧に出迎える光景が、まさに特別な空間であることを物語っていた。

  展示場には世界中から集められた数々の手織絨毯が、壁や天井、床にまでびっしりと並べられていた。動物や木々がかわいらしくあしらわれている絨毯から、美しい幾何学的な模様を描いた絨毯まで、その種類は実にさまざまだった。



  どれだけ目を細めても顔を近づけて見てみても、「本当に人の手で一つひとつ織って作られているのか?」と目を疑いたくなるくらいの作品ばかり。細かく詰まった目と精緻な織りから作られた絨毯に私はすぐに心を奪われた。また、すべて購入可能ということで、何千点もの中からお気に入りの一点ものを探す人で会場は賑わっていた。



  額に綺麗に飾られた手織絨毯は、まさに筆で繊細に描かれた絵画のようだった。中でも特に私の目を惹いたのが、日本の屏風絵をモデルに作られた和服姿の女性と犬の作品だ。



  一見、糸で作られていることを忘れてしまうほど美しい“日本画のような手織絨毯”。驚いたのは、絨毯に写る女性の優美さとその圧倒感だ。手で触れることも許されないほど厳重に管理されているその作品は、金額もまさに圧巻だった。なんと1,555万2千円だったのだ。

  高級絨毯とはいえ、高くても数百万円くらいだろう・・・と無知な私は想像していた。しかし、実際は縦1メートルほどの小さな絨毯に、1,500万円以上もの値が付いている。一般的なサラリーマンの年収4年分・・・しかも、当時すでにポルシェを愛用していた私は、その車とほぼ同額の価値を持つ絨毯にかなりの衝撃を受けた。

  そして、私は知った。絨毯とは床に敷く物だけを指すのでなく、絵画のように目で楽しむものもあるのだと。その作品が置かれた通路の先では、現地で実際に絨毯を織っている職人を招いた実演が行われていた。小さなチャーグと呼ばれるナイフと色とりどりの最高級シルク糸を使い、一目ごとに縦と横に結っていく。正確に糸を選び、デザイン画を見ながら模様を完成させていく。もの凄い早さで糸を織り、形を整えていく姿はまさに職人技であり圧巻であった。



  手織絨毯の代表ともいえるペルシャ絨毯は、シルクやウールを染めるところからはじまる。そして、チェレケシ―と呼ばれる織り機に正確に糸をはり、決められたデザインとその寸法を厳密に再現していくのだ。また、高級絨毯の場合、そのほとんどは一点ものであるがため、より価値が高まる。大きい絨毯の場合は、最大6名ほどの職人が一斉に織っていくのだそうだ。

  展示会場の一番奥に、最も大きく最高級の絨毯が飾られていた。何年もかかって作られた「名品 ヘレケ」の手織絨毯には、数えきれないほどの動物や人々、木々や花が細かく描かれていた。



  私はしばらくの間見惚れ、その場から離れることができず眺めていた。ずっと眺めているうちにあることに気が付いた。絨毯の中に描かれている12個の不思議な模様。その中に、小さな子供が葉を付けて二人並んでいる。その上にはサソリ。横には牛。中央には太陽と月、星もある。

  「ああ・・・星座か!」

  2人の子どもは“双子座”を意味していたのだ。そして、蠍座に牡牛座。よく見ると、おとめ座にうお座とすべて見事に織られている。

  「これを糸で一つひとつ、ミリ単位で何人もの職人が作成していたのか」。そう考えると気が遠くなりそうだが、実に素敵な作品であった。当然だが、縦に2、3メートル以上もあるこの絨毯の金額は、軽く1億2千万円を超えていた。しかし、何百もの動物や細かいデザインを見ると、それ以上の価値がある作品というのが正直な感想である。

  私はこの作品に心惹かれながらも、リビングの一角に飾る数百万円の美しい絨毯を購入した。



  その晩は、山本さんと同行した他の関係者の方々と共に、さまざまなお話を伺う機会となった。知らない世界を知ることはやはり刺激となり、すばらしい時間を与えてくれる。私にとってこの旅は最高の経験と時間となったことは言うまでもない。
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