お帰りなさい

Mimi 2018.09.25
 夏の間は、暑さでガーデニングも出来なかった。そこで、突然思い立って、居間のソファーのぶ厚い背もたれ部分を取り去り、色とりどりのダリアの形のクッションを、インターネットで取り寄せて置いてみた。居間にお花畑が出来たみたいだ。部屋に入ると、花々が「お帰りなさい」と言ってくれる。



 私にはもう一つ「お帰りなさい」と言ってくれる場所がある。別荘だ。別荘地には、そこに永住している人たちもいる。その中の一人、恭子(やすこ)さんは、会社経営で忙しい毎日なのに、私の別荘の前のプランターに一年中お花が絶えないように気を配ってくれているのだ。年に数回しか別荘に行かないけれど、着いた途端ホッとした気がするのは、家の玄関前のお花が「お帰りなさい」と言ってくれるからだ。

 秋の始まりの頃、家族で別荘に行くことにした。事前に恭子さんに電話すると、いつもの明るく優しい声で「私もお花も待っているからね。」と言ってくれた。嬉しい。そして、申し訳ない。夏の間は特に、毎日2リットルもプランターに水をやらなければならないし、玄関回りの草取りも大変だろう。でも、恭子さんは大変さをおくびにも出さない。他者の為にこんな無償の行為をする恭子さんの方に足を向けては寝られない程の感謝。

 別荘地帯に入った途端、車好きな息子は、「わぁ」とか「おお」と呻いている。最新のテスラ、ベントレーのベンテイガ、ポルシェ、ベンツSクラスなどなど、それぞれの家の駐車場はモーター・ショーの会場のよう。息子に寄れば、真の車好きが選ぶ車種が並んでいるそうだ。ここでは、豊かさが車を通じて輝いている。

 もうすぐうちの別荘だ。着いた途端、きれいな花いっぱいのプランターがお迎え。恭子さんが選んでくれた花。なにか、とっても暖かい気分になる。夜には恭子さんと宴会の予定も入っている。ますます、わくわく。(実際その夜の恭子さんとの宴会は夜中まで続いた。)



 別荘は、子供が生まれる前に建てた。東京に生まれ育った私は、田舎がないのが普通だと思っていたが、Robert Burns (ロバート・バーンズ)のMy heart’s in the Highlands(『わが心ハイランドにあり』)という英詩を読んで以来、心の拠り所となるような場所が欲しかった。バーンズは、自分がどこにいようとも、心は、鹿を追いかけてハイランドにいるのだと歌う。この別荘に来るたび、この歌が口をついて出る。東京の無味乾燥な世界に嫌気がさしている時にも、ふとこの歌を口ずさめば、別荘の存在が慰めになってくれる。そして、別荘は数々の楽しい思い出を作り出してきた。庭で何度BBQをしたことだろう。数十人を呼んで庭でパーティをしたこともある。私は、一人でも絵を描きに行ったりもするし、息子は、友人達7,8人と時々お泊り会をする。

 庭には、石庭のある一画があり、枝振りの良い松の木には蹲(つくばい)が配され、純和室から向こうの山を借景に庭が見られるようになっている。外国の友人達に大人気の部屋。

 庭の別の一画にはログハウスが建っている。息子が小学校の時、夏休みの自由研究に、フィンランドからのキットで、パパと組み立てた。以来、防腐剤のキシラデコールを毎年塗るのは息子の務めだ。

 その隣には、白いパーゴラ。その周りには、80本の白いアナベルという紫陽花を植えた。コンセプトはホワイト・ガーデン。

 家族のいろいろな夢がいっぱい詰まった別荘。その屋根の勾配を利用した明るい一室は広い子供部屋。時には、冷えたシャルドネとワイングラスを持って行き、梁からつりさげられたハンモックに横たわり、ゆらゆら揺れながら、つま先の向こうの山にカンパイしたりする。でも子供部屋として使われなくなって久しい。

 その子供部屋に、息子たちと入った。孫のゲンちゃんも一緒だ。部屋の隅にある三つの大きなケース。一つにはレゴ、もう一つにはプラレールの線路と電車。そこまでは覚えているが、もう一つのケースに何が入っているか、私も忘れてしまっていた。それを開いてみたら、子供の乗れる電車と線路の入った箱。そういえばこんなのを買ったこともあったな、とダメモトで一応電池を入れて見たら電車が動いた。ゲンちゃんは早速乗って大喜び。



 そして、ケースを更に探ると、出てきたのは、ああ、子供用のブルーのスキー。 突然時間が飛ぶ。あの時、息子は4歳。クリスマス、サンタさんに何を頼むの、と聞いたら、「スキー」と答える。スキーに行く予定もなかったから「それは無理だと思う」と言っても、「大丈夫。サンタさんはスキーをくれる」と固く信じている。息子の夢を壊したくない一心で、息子が幼稚園に行っている間にこのブルーのスキーを買ったのだ。だが、ほっとしたのも束の間、息子は「ママはサンタさんに何を頼むの?」と聞いてきた。

「ママは大人だから何も貰えないのよ」
「大丈夫、僕がサンタさんに頼んであげる。欲しい物を何でも言って」

 そこで、急遽わたしがひねり出した答えは傘だった。翌日、私は要りもしない傘を買った。馴染みの店主が太いリボンでゴージャスに包装してくれたその傘を、クリスマスイブ、息子が寝入ると、スキーの隣、それぞれの枕元に置いて寝た。翌朝、息子が起きた気配。だが、私は寝たふり。息子が包みを開ける音。息子が叫ぶ。「ママ、サンタさんが来たよ。スキーだよ。ほら、サンタさんはちゃんと僕の欲しいものをくれた。ママのも開けて見て。」キラキラする息子の目を傍らに、私はリボンを解く。でも、自分で買った物ながら、どういうわけかワクワクするのだ。そして傘が現れると、2人の口から湧き上がるワァッという歓声。息子の得意そうな顔。ほら、僕がちゃんとお願いしたからね、と書いてある。

 ブルーのスキーを見た途端、一気に蘇ったその年のクリスマス。子供部屋で「お帰りなさい」と言ってくれたのは、時間を越えた優しい大切な思い出だった。
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