音楽を仕事とすること

Mimi 2018.04.23
 3月26日サントリーホール。私は開場とともにホールに入り、誰もいない舞台を見つめていた。なにか落ち着かない気分。今日は彼女の最後の演奏会。彼女、都響の第一バイオリニストの中根みどりさんが、この日の演奏を最後に定年退職するのだ。成功しますように、と心の中で祈る。

 演目は最後を飾るのにうってつけ。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第二番ヘ長調(ピアノ:アレクサンドル・タロー)と、ベルリオーズの幻想交響曲。指揮はエリアフ・インバル。

 開演時間となり、演奏者たちが入場。みどりさんもやって来て座る。私の目は彼女に釘付けだ。だが、演奏が始まってしまうと、すっかり音楽の波に身をゆだねて、目は舞台を見ているものの、心は何か遠くて深い4次元空間をさまよっていた。逍遥遊の境地か。

 ピアノのアレクサンドル・タローは、自らこのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲を熱望したのだと言う。ピアノが聴く者の心を鷲掴みにする。特に第二楽章の旋律は美しく、「ああ、どうせいつか死ぬなら、今この場でこの曲を聴きながら息絶えたい」と本気で思うほどであった。  嬉しいのはその第二楽章がアンコールで演奏されたことである。私の心の声を聞き届けて貰ったようで嬉しい。

 次のベルリオーズ、主題が巧みに音楽の中に織り込まれ、きらり、きらりと色合いを変えながら現れる。それも、これ見よがしではなく、「ああ、何か懐かしい旋律」と思うとそれが主題で、いつの間にか心の襞の中にふわりと着地しているのである。

 ああ、素敵!とふと我に返りみどりさんを見ると、激しく弓を動かして、渾身の演奏をしている。彼女一人の音は分からないが、そういう人たちが一斉に同じように弓を動かしてこの迫力とスケールを生み出しているのだ。

 指揮者の合図を常に注意して見て、楽譜の中の音符を芸術に高めた音楽にしていく作業を、衆人環視の中でするのは、どんなにかストレスのかかる仕事であることか、と今更ながら思った。

 それをみどりさんは44年間も続けて来たのだ。そんなに長く楽団員を続けられた人は、都響でもそんなに多くはないらしい。みどりさんは音大在学中に都響に入団し、それ以来音楽の世界に邁進してきた。都響の仕事だけではない。社会人入学で大学院にも進み、ブラームスのCDを出し、いろいろな所で演奏活動も行ってきた。

 たとえば聖路加病院。私はそこのホスピスに入った友人、K子さんのためにハープ演奏をしたかったのだが、聖路加ではプロの演奏以外は認めない。そこでみどりさんに相談すると、快く引き受けてくれたのだ。

 当日はピアニストとともに、息の合った演奏を聞かせてくれた。音楽室はベッドのまま運ばれてくる患者さん、その周りにはその家族という光景。音楽室に来られない人たちも、お部屋で聞いているに違いない。でも、私の記憶の中で輝いているのは、この日の為に新調した白いパンツスーツに身を包み、凛として坐って音楽に聞き入っているK子さんの姿だ。その後2か月ほどで彼女は往ってしまったが、最後までその音楽会の事を楽しそうに話していた。

 みどりさんの演奏する姿を見ていると、ふっと少女の面影を見る。彼女のスタイルは、大仰に上半身を動かしたりせず、ちょっと足を開き、斜めに構えて、直立不動で弓だけを動かすやり方だ。多分子供の頃からこういうスタイルで先生のレッスンを受け続けて来たのだろう。 時間をどんどん遡ってヴィデオを巻き戻して行くようにすると、いつの間にか少女のみどりさんがそこにいて、まったく同じスタイルで演奏しているような気がするのだ。

 みどりさんのヴァイオリンは、都心の高級マンションが一軒買えてしまう程の高価なイタリア製なのだが、それの奏でる音は、彼女の才能と一体となって心を打つ。 都響のヴァイオリニストはみんな高価な楽器を所有しているそうだ。だから、あの素晴らしい演奏会は、演者の才能、努力、熱意、そして高価な楽器によって成り立っている。

 サントリーホールでの演奏会の後、みどりさんが話してくれたのだが、演奏会の前には、ゲネプロと言って、総練習が本番と同じにあり、結局一日二公演をするのと同じだったとか。あんな渾身の演奏を二回も続けるなんて、とびっくりする。「栄養ドリンクを飲んで頑張ったのよ。」とみどりさんはさばさばして言う。44年もこんな生活を続けた後には、もう未練がないようだ。若い時はともかく、歳を取るにつれ身に応える仕事だろう。本当にお疲れ様。

 抱えきれない程の花束を貰ったみどりさんとタクシーで家に帰った。お互いの家は近いのだ。その翌日、彼女はお花のお裾分けを持って来てくれた。赤いバラ、グロリオサ、蘭、彼女の新しい門出を祝うのにふさわしい豪華な花々。「明日の朝早起きしてこの絵を描くわ」と私。夕食を共にし、その後彼女が夜更けまでうちの二丁のヴァイオリンを交互に弾いてくれた。いくつかの曲の中には、サントリーホールでのヴァイオリン・パートも。

 その日の夜、私は暫く味わったことがないほど深く眠った。早起きして絵を描こうと思っていたのに、目覚めたのは朝9時だ。そういえば、うちの小鳥のピクチャーも彼女の演奏に魅了され、私の孫も赤ちゃんながらうっとりと彼女の演奏する姿を見つめていたっけ。彼女のヴァイオリンの腕はまさに魔法。



  みどりさんは、これからはソロで活動していくという。彼女の演奏を聞いた人は皆幸せな気分に浸ることだろう。ご活躍を!みどりさん。

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