人生初の贈り物

Mimi 2017.09.25
 今年の春、近所に住む息子が小さな白黒写真をわたしに見せた。何やらはっきりしない写真。「これ何の写真?」と聞くと、息子は、そっけなく「オコ」と答えた。 あまりにも短い返事に戸惑い、それが「お子」に違いないと理解するのに数秒かかった。その白黒写真は、胎児の超音波画像だったのだ。

 息子たちは去年の秋に結婚したけれど、自分が「おばあちゃん」になるのは、ずっと先のような気がしていたので、思いがけなかった。 考えて見れば、私は小学生の頃から孫が欲しかった。多分私の祖母がとっても優しく、素敵だったせいかもしれない。私を慈しんでくれる姿を見て、こんなおばあちゃんになりたい、と思ったものだ。

 例の画像写真を見てからは、私が想像の翼を広げて舞い上がる日々だった。おばあちゃんとしては何をあげようか。孫が遊びに来た時に、喜んでもらえるものは何かしら?やはり、孫には音楽好きな子になって欲しい。もう私の家にはハープが4台あるし、ヴァイオリンも2台ある。その他、お箏やギター、トランペットなど楽器はいろいろ。何か、わたしのこの喜びを表現できるものは?

 そうだ、スタインウェイのベビーグランドはどうだろう。私はピアノの中ではスタインウェイの音色が一番好きだ。ベビーグランドなら家に置けるかも。早速ネットでサイズを確認し、家の中をメジャーを持って歩き回った。ただ、ベビーといえども、グランドピアノが来るとなると、家具を配置しなおさなければならない。

 ええと、ここにピアノを置いて、ジョージ・ナカシマのベンチをこっちに動かして、グランドハープを・・・。 そんなことで家をうろうろしているところを、息子に見つかってしまった。そして、数日後、息子がやって来て、私としては青天の霹靂の通告をした。署名するように求められた紙には、「孫にはおみやげ以外は物を買わない。習い事に口出しをしない事」と書いてあった。 おばあちゃんの楽しみというのは、孫に何かを買ってあげることだと思っていた私は、のっけからその楽しみを奪われてしまい、ショックだった。

 でも、考えて見れば、私のことだから、ベビー服だのおもちゃだの、山のように買ってしまい、息子たちは辟易するかもしれない。趣味に合わないものを買ってもらっても、邪魔なだけだろう。 考えて見れば、ベビーグランドも、孫をだしにして、自分が欲しかったのだ。息子の通告は、わたくしに平静さを取り戻す機会を与えた。私は、物質的なものでないものを、生まれてくる孫にあげよう。それは何か?

 その答えが出ないまま、9月はじめ、長時間の苦労の末、朝の3時半に初孫が生まれた。寝ずに待っていて、とうとうLINEで吉報とともにその男の赤ちゃんの写真が送られて来た時、ふと詩が口について出た。そして私はその詩をLINEで息子たちのスマホに送った。誕生のプレゼントとして。

 My heart leaps up when I behold
  A rainbow in the sky;
 So was it when my life began:
 So is it now I am a man:
 So be it when I shall grow old,
  Or let me die!
 The Child is father of the Man;
 And I could wish my days to be
 Bound each to each by natural piety.

 大学の時、英詩の授業では、珠玉の詩をいろいろ学んだ。これは、一番先に覚えた詩。William Wordsworth、自然詩人。

 空にかかる虹を見ると、私の心は踊る
 子供の頃もそうだった。
 大人になってもそうだ。
 歳をとってもそうであれ。
 でなければ死を!

 で始まるその詩は、 「子供は大人の父である」という意味深い言葉で有名だ。

 この詩には思い出がある。大学を卒業してからだと思うが、父が書斎を整理していたら、ポケットに入るくらいの薄く小さな手帳がたくさん出てきた。父はそれを日記代わりにしていたらしい。その中には私の生まれた年のもあった。
 父は、手帳をぱらぱらとめくり、私の生まれた日の項を読み上げてくれた。

   My heart leaps up when I behold . . ..

 何とその手帳には、あの、Wordsworth の詩が書きとめてあったのだ。 「パパ、その詩、わたしの大好きな詩よ。虹を見るたびに必ず口について出て来るの。」父との距離が一気に近くなった気がした一瞬だった。
 今、私は、父の残した蔵書の中からWordsworth の詩集を取り出したところだ。父はいつ頃この詩を知ったのだろう。父のこの本は、今まで開いたことがなかった。詩集の最初の詩がこの詩だ。 bl2  裏表紙にある手書きの日付によると、本を買ったのは父が16歳の時だ。その頃から父はこの詩を口ずさんで来たのか。そして、今気づいたのだが、父の筆跡で、Wordsworth についての説明が写してある。 中の二行が私の目を引き寄せる。

He did not care much for the better classes of people, because he felt that truth was not to be found in them. He loved the simple honest life of the common people, especially the country-folk and peasants.

 彼は上の階級の人々を好まなかった。なぜなら、その人たちの中には真実が見いだせないと感じたからだ。彼は、普通の人々の、純朴な生活を愛した。特に農民や小作人のような。

 父が亡くなってから久しいが、今、本の書きこみで、父は私に呼びかけている。純朴に、誠実に生きよと。この詩の心のように。

 げんちゃん(孫の呼び名)、どうぞ君も、美しいものを感じとる心を一生忘れない人になってね。そういう人になれるよう、わたしを含めみんなで、精一杯力を尽くしますよ。The Child is father of the Man. 小さな子供の頃から大人の思想、感情は生み出されるのですからね。そして、私たちもまた、あなたの純な心に学びましょう。 bl3
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