アメリカ人の東京見物

Mimi 2017.06.26
 アメリカ、シアトルに住むキャラが、総勢12人で日本に来た。キャラはツアーのリーダーで、ツアーの名はThe Gardens and Art of Japan (日本の庭園と芸術)である。

 一行は、成田に着陸するとすぐ米子空港に飛び、松江でラフカディオ・ハーンの旧居や松江城を見る。翌日は足立美術館、出雲大社を訪れ、その後5日間かけて京都の寺社や庭園をじっくり見学。京都滞在中にはミホ美術館にも足を延ばす。

 その後東京へ。国立博物館、Blue and White、小津和紙、菊池寛実記念 智美術館等を数日かけて見学。

 ツアーの最終日、キャラとは数か月ぶりの再会の約束をした。夜に銀座で待ち合わせたが、はからずもツアーのメンバー全員も一緒で、夕食を共にした。

 陶芸家、デザイナーなどの美術関係者が多いが、中にはお医者さんもいて、全員の共通点は、日本の美術や庭園に造詣が深いことか。

 キャラは翌日から、名古屋にいる友人に会いに行くという。ツアーのメンバーも大抵は帰国の途につくが、4人ほどは東京の滞在を数日伸ばしていた。自分たちで見学の予定を立てたのだけれど、行く価値があるのかどうか見てくれる?と頼まれて相談にのった。予定の紙には、国立近代美術館、東京都美術館、国立新美術館等の名前が出てくる。今、その美術館では、何々の展覧会をやっているから、興味があったら是非、などと話しているうちに、彼らは、特に日本の陶器に興味があるらしいとわかった。国立博物館の「茶の湯」展が素晴らしかったという。確かに国宝の油滴天目や卯花墻は名品だ。 アメリカ人の東京見物A  だが、そんなに大きな美術館の他にも、名品の揃っている美術館はいくつもある。私の好きな美術館にご案内しましょうか、などという話になり、結局彼らを案内することになった。

 まず、出光美術館に行った。出光でも「茶の湯のうつわ」展をやっている。桃山時代の「長次郎」の赤楽茶碗、黒楽茶碗、江戸時代の萩や唐津焼、また海の向こうの中国、朝鮮の南宋の作品、明時代の景徳鎮の名品も揃っていて、静かな環境でじっくり眺めることが出来る。    これには、アメリカ人も大喜び。国立博物館の展覧会はとても込んでいて、このように正面に立ち止まって時間をかけて鑑賞するなんてことは得難い経験だという。 アメリカ人の東京見物B  次に、日本民芸館へ。私は、出光で最高に洗練された陶器の数々を鑑賞した後、今度は民藝と呼ばれる庶民の生活雑器を見て、その対比を楽しんでもらいたいと思ったのだ。

 私の作戦は功を奏した。まず、駒場東大前で下車して民藝館までの道のりは、のんびりしていて、ちょっとした遠足気分。沿道の家々も趣向を凝らした佇まいだ。庭の花、塀に埋め込まれたいろいろな陶器の写真を撮ったりして現地に着くと、古い民家風の建物の民藝館がまた魅力的だ。(トップの写真は、民藝館の前で撮ったもの)

 靴を脱ぎ、備え付けのスリッパを履く。ここに至るまでに、柳宗悦の民芸運動とか、河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチなどについてざっと話しておいた。日本民藝館では、ちょうど「江戸期の民藝―――暮らしに息づく美」展をやっていた。陶器の他にも大津絵、火消しの衣装、家具などが展示してあり、意匠をこらした美しい縫い目の着物なども、これまで洗練されたものばかり見てきた彼らには、江戸時代の庶民の生活を覗き見るようで興味深かったようだ。 アメリカ人の東京見物CD-2  特に、自身が陶芸家のロバートは、もとから河井寛次郎が大好きで、京都では彼の家を訪れたほどだという。民藝館の説明は、日本語しかないのだが、文字を読まずとも、これは寛次郎の作、これは濱田庄司作、これはバーナード・リーチと言い当てるのには驚いた。

 私が、瀬戸と美濃は近いのに、昔から「瀬戸物」というのは、美濃焼の織部、黄瀬戸、志野などとは格下の生活雑器と考えられてきた、などと話すと、すぐに「瀬戸物」の特徴を理解して、にやりとしながら、これは瀬戸だね、などと言う。説明を読むとなるほど瀬戸だ。

 外国の人を案内して一番面白いのは、私が今まで考えもしなかったような感想を言うことだ。ロバートは、陶芸家として自分独自の道を切り開こうと努力してきた、と言う。陶芸家になるのも自分の意志だった。ところが、日本で彼が見たのは、陶芸家という「家業」があって、窯元の家に生まれると、その跡継ぎとして陶芸家になる運命だ。また、ロバートは、日本の陶芸家が誰を師と仰ぐか、で流派が決まってくるのも興味深いと思ったという。

 完全に自由に自分の道を切り開くアメリカの陶芸家、家や師のしがらみに絡められながらも、その中で自らのアイデンティティを確立していく日本の陶芸家、そういう観点から見たことがなかったので、ロバートの意見は面白かった。

 千利休は秀吉によって、千利休の跡を独自のスタイルで継いだ織部は家康によって、どちらも自害に追いやられた。それだけ、陶芸家は、政治と深く結びつき、権力を脅かすような存在にもなり得たのだ。そして、自害しても守らなければならない自分の哲学があった。

 出光美術館と日本民藝館、前者には何か「凛」とした近寄り難いような気品が、後者には、おおらかに人生を楽しむゆとりが感じられる。普段に使うのだったら、民藝館にあるような作品がいい。といっても、私は自分の持っている濱田庄司の作品を桐箱に入れたまま、大事にしまっているのだけれど。 アメリカ人の東京見物E-2
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