ノーブルな方天国に vol.3

M. Christophe 2020.09.14
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世界的に有名なフレスコ画が多く現存する国の一つにバチカンがあります。
どなたも写真などで一度はご覧になったことがあると思います。

バチカン サン・ピエトロ広場です



システィーナ礼拝堂



ミケランジェロについてお伝えします。




『最後の審判』



『最後の審判』(さいごのしんぱん、イタリア語 Giudizio Universale)は、ルネサンス期の芸術家ミケランジェロの代表作で、バチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の祭壇に描かれたフレスコ画です。1541年に完成しました。

これより前、ミケランジェロはローマ教皇ユリウス2世よりシスティーナ礼拝堂の天井画を描くよう命じられました。1508年から1512年にかけて『創世記』をテーマにした作品を完成しています。

それから20数年経ち、教皇クレメンス7世に祭壇画の制作を命じられ、後継のパウルス3世の治世である1535年から約5年の歳月をかけて1541年に『最後の審判』が完成しています。

天井画と祭壇画の間には、ローマ略奪という大事件があり、今日、美術史上でも盛期ルネサンスからマニエリスムの時代への転換期と言われています。

ミケランジェロが『最後の審判』を描くより前、システィーナ礼拝堂の祭壇画としてペルジーノの『聖母被昇天』が描かれており、ミケランジェロは当初ペルジーノの画を残すプランを提案したそうです。

しかしこの案はクレメンス7世により却下され、祭壇の壁面の漆喰を完全に剥がされてペルジーノの画は完全に失われました(スケッチのみが現存する)。ペルジーノが描いた『聖母被昇天』には、画の発注主であるシクストゥス4世の姿が描かれていたことが判っており、パッツィ家の陰謀により実父を殺されたクレメンス7世による、事件の黒幕とされるシクストゥス4世への復讐であった可能性が指摘されています。



『最後の審判』には400名以上の人物が描かれています。

中央では再臨したイエス・キリストが死者に裁きを下しており、向かって左側には天国へと昇天していく人々が、右側には地獄へと堕ちていく人々が描写されています。右下の水面に浮かんだ舟の上で、亡者に向かって櫂を振りかざしているのは冥府の渡し守カロンであり、この舟に乗せられた死者は、アケローン川を渡って地獄の各階層へと振り分けられていくといいます。ミケランジェロはこの地獄風景を描くのに、ダンテの『神曲』から地獄篇のイメージを借りたようです。


群像に裸体が多く、儀典長からこの点を非難され、「着衣をさせよ」という勧告が出され、ミケランジェロはこれを怨んで、地獄に自分の芸術を理解しなかった儀典長を配したというエピソードがあります。さらにこの件に対して儀典長がパウルス3世に抗議したところ、「煉獄はともかく、地獄では私は何の権限も無い」と冗談交じりに受け流されたといわれています。また、キリストの右下には自身の生皮を持つバルトロマイが描かれていますが、この生皮はミケランジェロの自画像といわれています。さらに画面左下に、ミケランジェロが青年時代に説教を聴いたとされるサヴォナローラらしき人物も描かれていますね。



サン・ピエトロで、ピエタをみながら、本当に歴史的背景に芸術家がたくさん登場しているなと気づきました。



不安げな表情の聖人たち
ミケランジェロ「最後の審判」における主な登場人物について簡単に解説します。

上の図は画面の中央部分を抜粋したもので、中心で腕を振り上げている人物がイエス・キリスト、そのすぐ(キリストから見て)右側で身を寄せている女性が聖母マリア、その右側が聖アンデレ、その右側が洗礼者ヨハネ。聖母マリアの足元は聖ロレンツォです。キリストから見て左側には、上の画像の向かって右端で右手に鍵をもっている人物が聖ペテロ(ペトロ)、その奥が聖パウロ、人の抜け殻のような皮をもっているのが聖バルトロマイ(聖バルトロメオ)。



聖バルトロマイは新約聖書に登場するイエスの使徒の一人。皮剥ぎの刑で殉教したといわれ、ミケランジェロ「最後の審判」ではアトリビュートとして自分の皮とナイフを持った姿で描かれています。この人間の皮の顔の部分をよく見ると、作者であるミケランジェロ自身の顔によく似ている。

ミケランジェロは他の作品でも自身の顔を絵画作品の中に潜ませることをしており、「最後の審判」において指摘されるこの部分についても、まさしくミケランジェロの自画像であると一般的に考えられています。



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