ノーブルな方天国に vol.2

M. Christophe 2020.09.14
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日本という国に生まれ育ち、世界とのつながりがいかに大切か、国があり、国籍がある意味をいまいちど少し触れてみたいと思います。

我が家は代々外交官の仕事をしてきてヨーロッパに出向いていました。 このNOBLE STATEで外交官に触れる事は少ないと思いますが、富裕層が日常的にあまりに関わらない外交について、まずお伝えしてみたいと思います。



外交(がいこう、英語: diplomacy)とは、国家間の国際関係における交渉のことで、関連するさまざまな政治活動を指す。一般に、外交官や首相などの国家の代表と、外国の代表とが国際社会における問題に対応している。
外交戦略に基づき、立案される政策を外交政策、または実際に二国間ないし多国間で行われる具体的な国家間交渉を外交交渉という。




外交官の仕事は、その国を代表として背負い、任務を全うするものであります。

外交官とは、



任務
常駐外交使節団を構成する外交官の任務は

  • 接受国で派遣国を代表し、その意思の表明、交渉、条約の締結を行うこと(代表機能)

  • 接受国の事情について適法な手段により一切の情報を収集し派遣国に報告すること(報告機能)

  • 両国間の関係の促進をはかること(推進機能)

に大別される。
また、特定の問題の交渉や任務にあたる特別使節団も、実質的に常駐外交使節団と同等の扱いをうける


規則
外交官の地位や外交特権などに関する規則は1815年のウィーン規則及び1818年のエクス・ラ・シャペル規則で基礎が定められ、1961年の外交関係に関するウィーン条約及び1963年の領事関係に関するウィーン条約によって修正が加えられて今日に至っている。




外交官特権
外交官には、任務の能率的な遂行を確保するため、国際法によって身体の不可侵(拘束されないこと)や裁判権からの免除などの特権を与えられている。特権の内容は、大使館員であるか、領事館員であるかによって異なるが、これを総じて外交特権という。

外交官は、外交使節団に属する。外交官として認められるためには、派遣する国がその者を外交官として派遣することを接受国(受け入れる国)に打診し、合意(アグレマン)が成立する必要がある。

アグレマンが成立した場合に該当者は接受国内において外交官と認められ、派遣した国を代表する交渉相手として扱われるほか、外交特権を享受する。

しかし、接受国側が、国内法に照らして許されざる非行や国益を害する行為があり、その者を外交官として扱うべきではないと判断した場合、ペルソナ・ノン・グラータの通告を行うことで、外交官としての立場を失う。ペルソナ・ノン・グラータの通告は事前(着任前)でも事後(着任中)でも良い。


日本で始めての外交官



職位

  • 特命全権大使(Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary)

  • 特命全権公使(Envoy Extraordinary and Minister Plenipotentiary)

  • 在外公館たる公使館の公館長。ただし1967年に日本の公使館はすべて大使館に昇格しているので、このような意味での特命全権公使は存在しない。現在は、各国の大使館で特命全権大使に次ぐ次席館員を単に「公使」(Minister) と呼び、そのうち外務省入省年次が一番上の数名に「特命全権公使」の名称を付与しているにすぎない。したがって、特命全権公使が置かれる国は、実は外務省内の人事によって左右され、しかも年々変わる。

  • 参事官(Councilor / Councillor)

  • 実際には空席の館も多い

  • 領事官(Consul)




任免
外交官の任免は、日本では天皇が認証する

  • 大使・公使 → 外務大臣の申し出により内閣が行い、天皇がこれを認証する(認証官)

  • 総領事・領事・参事官・書記官・理事官・外務書記などの外交職員 → 外務大臣が行う。


歴史
臨時の外交使節を派遣・接受することは紀元前の中国やギリシャなど非常に古くから行われ、日本の遣隋使や遣唐使もその例であるが、常駐の外交使節団が初めて置かれたのは13世紀のイタリアであったといわれている。ミラノ公国がジェノヴァ共和国に初めて公使館を設置して以後、イタリアの諸国家間で国家間の交渉に専門的に従事する外交官が相互に派遣されるようになり、またカトリック教会の長であるとともにイタリアの一君主としても位置づけられたローマ教皇も各国に教皇派遣使節を送った。14世紀にはイングランドのジェフリー・チョーサーが外交活動をしており、また1455年にはミラノがフランス宮廷に常駐使節を送り、そのシステムは主権国家が形成されるようになった16世紀以後ヨーロッパ各地に広まるとともに、外交慣行の基礎が形成された。

絶対王政期には、宮廷内部において国家の重要な政策決定が行われることが増加し、そのために君主あるいはその側近との個人的関係が外交交渉の成否に深く関わるようになった。一流の外交官は公式の場ではなく、夜中に接受国の君主の寝室に通されて直接重要交渉を行うものとされていた(閨房外交(Boudoir Diplomacy))。また、接受国における主君の代理として自国の名誉を守る責務も課されており、接受国での宮廷内における外交官同士の序列が時には互いの国家の尊厳に関わるものとして激しい議論や決闘にいたる例もあった。そのため、外交官には貴族や軍人などが任命されることが多かった。その後、国民国家の成立とともに宮廷外交・閨房外交の時代は終わり、交渉能力とともに相手国の各種情報を総合的に蒐集・報告する能力が求められるようになった。こうした中で職業外交官も外交専門職任用試験を経た人材が登用されるようになっていった。

常駐使節の制度は1648年のヴェストファーレン条約締結以降一般的な慣行と化したが、一般条約である外交関係に関するウィーン条約が採択されたのは1961年である。


このように、外交が世界で行われ、外交官が各国から派遣されるので平和的な解決などが、スムーズに行われいる背景があることを書いておきます。

今回、日本に来らていた特命全権大使が他国である日本の土地で天国に戻っていかれました。
タンザニアのキリマンジャロコーヒーを飲みながら気持ちをりきかえて書いています。




vol.3に続く
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