お誕生日はもういらない

Mimi 2019.03.24
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 最近知ったのだが、Laughter Therapy というのが医学的にも効力があるとのことだ。笑うことによって免疫力が上がることが、実際に検証されているらしい。

  去年の今頃、私は緊急入院し、手術、再入院、手術と繰り返したが、Laughter Therapyなんていう言葉を知らずとも、入院生活に楽しいことを次々見出して乗り切ってしまった。

  その助けになったのが、枕元にいつも置いていた一冊の本だ。ロン・パジェット(Ron Padgett) のHow Long (Coffee House Press)という詩集が、いつも私を慰め、力づけ、笑わせてくれた。



  “The Death Deal”という詩。若いころは自分がどうやって死ぬんだろう―――交通事故か、それとも無差別銃撃(アメリカらしい)か、ガス爆発かなど、思いを巡らせたものだが、今自分が歳とってみると、あまり遠くない未来にその真実が分かるということで、元気が出るというのだ。はっはっは、と笑ってしまう。歳とるのもまんざらじゃないね、と相槌をうちたくなる。

  中でも好きだった詩は“Happy Birthday to Us”だ。 パジェットは、自分の誕生日の朝、ちょうど生後90日の孫息子がにっこり自分に笑いかける度、自分もにっこり笑い返す。雨が9日間連続で降っているなんて関係ない。何故ってパジェットの頭の中で、誕生日はいつも祝福に満ちた晴天だから。パジェットは、孫息子に呼びかける。

 今日は君の誕生日でもあるんだよ。
 だって君に僕のを上げるからね。
 だから今じゃ君には二つ誕生日があるんだ
 僕はもう誕生日なんてホントはいらないからね。

  ああ、なんて素敵な詩。ちょうど、私にも当時生後6か月の孫息子がいたから、余計彼の気持ちがシェア出来たのかもしれない。パジェットに触発されて、私が病院のベッドで作った詩は次のようなものだ。

 玄ちゃん
 君が笑うと
 その笑いは何倍にもなるよ。
 だって、そこにいる人みんなが笑うから。幸せで一杯になって。
 ペリエのシュパーッみたいに喜びが噴き出すよ。
 こうして病院にいるわたしにだって、
 君の笑顔は配達される―――インスタで。
 もう君の笑顔は10倍にもなっているよ。
 もう10回も見ているからね。
 ハイハイしようと根源的な欲求に手足をばたつかせている君を
 スマホ片手に応援しているよ。
 フレー、フレー、
 リ、ユ、ウ、ゲ、ン

  その時私も、パジェットみたいに自分のお誕生日を孫息子にあげよう、と決めた。だけど、誕生日のプレゼントだけは欲しい。それも自分の本当に欲するものを。

  私は、日本画家の犬丸宣子さんに、絵を描いて貰うことにした。 犬丸宣子さんとの出会いは必然的だったのか、偶然だったのか今でも良く分からない。東京芸術大学の文化祭に行った時、2枚並んだ日本画に目が釘付けになってしまった。もう、ずーっと見ていたくて、何度も何度もその絵の飾ってある部屋に戻って見た。多分6回くらい舞い戻った。その絵を描いたのが犬丸宣子さん。

  その後、絵を描いた犬丸さんを探しだし、その2枚の絵を買うことが出来た。東北大震災の後、別荘に新幹線で避難しに行くときには、身の回りの物は一切持たず、そのうちの小さい方の1枚の絵だけを持って行った。今もその絵は頑丈に包装してある。いざ、避難という事態になった時に、その絵だけでもさっと持って逃げられるように。

  その後、彼女の描いた100号の木蓮の絵もうちの家族となり、結局は、犬丸さんの卒業制作のもっと大きな絵もうちにやって来た。



  犬丸さんは、次々と成功をおさめている。彼女の絵が柏そごうのエレベーターのラッピングになったこともある。扉にも、中に入ると中の壁全部にも犬丸ワールドが広がっているのを見たときには、我がことのように嬉しかった。



  自分の誕生日プレゼントの絵は全部で6枚。薔薇2枚、藤、睡蓮、菖蒲、そしてデイジーとタンポポ。犬丸さんは私の誕生日前日に全部自分で持って来てくださった。彼女はものすごく細いのに、力持ちなのだ。



  彼女が風呂敷を解いて絵を次々と取り出した時の私の喜びと言ったら!まさに、私が欲しかった絵。想像していたより、もっと素敵な絵。中でも一番わくわくしたのは、デイジーとタンポポの絵だ。

  犬丸さんは、私が「犬丸ブルー」と呼んでいる、美しいブルーの濃淡で絵を描くのを得意とする画家。デイジーのピンクやタンポポの黄色なんて、彼女の絵の具箱にはないのではないかしら。そこを、私は「デイジーとタンポポ」と指定して描いて貰った。「タンポポの綿毛もね。私好きなの。」なんて勝手な無理難題を押し付けて。彼女が描く時には、デイジーもタンポポも咲いてない時期だったから、難儀したに違いない。

  デイジーとタンポポには息子との思い出がある。息子、龍児が小さい時に私が同人誌『楔』に載せた詩を紹介しよう。実際の息子との会話から生まれた詩だ。

 

     「見解の相異」

  龍児が言う。
  「デイジーってつまんない花だねー。
   ヒメジョオンの親戚みたいでさ。
   『ぼく一年生、太郎でーす』って
   言ってるみたい。」


  「タンポポもつまんない花だねー。
   ただの黄色のまんまるでさ。
   『あたし一年生、花子でーす』って
   言ってるみたい。」


  でも龍児。
   ママは、デイジーもタンポポもだーいすき。
   ぽっかぽかのお日様が
   仲良く並んで咲いているみたいでしょ。


  犬丸さんにはこの詩の存在を知らせなかった。彼女なりに自分のイメージで描いて欲しかったから。犬丸さんのことだから、幻想的なデイジーやタンポポになるのかな、なんて思っていた。だが、出来た絵は、まさに上の詩の通りだった。一年生の太郎や花子っていう雰囲気の花が春の陽を浴びて仲良く咲いている。私が所望したタンポポの綿毛も驚くべき繊細さで、ひとつひとつ描いている。



  先日ホンモノのデイジーを花屋の店先で見つけて、プランターに植えた。でも、どういうわけか、犬丸さんの絵の方がもっと鮮やかに心に飛び込んでくるのだ。見るたび、私の心はぽっかぽかのお日様に照らされたみたいに幸せになる。

  人生最高のお誕生日プレゼントになった。

 


  犬丸宜子さんのHP http://norikoinumaru.com/about.html


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