上野東照宮の寒牡丹

Mimi 2019.02.25
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 二月と言うのに太陽の光がきらめく暖かい火曜日、上野東照宮の寒牡丹を見に行った。 渦巻恵さんとご一緒だ。彼女は大学で上代文学を教えているから、文学の素養に溢れ、日本語の知識もセンスも抜群で、私は常々尊敬申し上げている。

 だから、恵さん(今後はそう呼ぶ)が寒牡丹を見てどんな俳句を詠むのか興味津々だった。彼女も私も「俳句手帳」持参だ。私たちはいつもバッグにそれを忍ばせ、ちょっと思いついた俳句の種を書き留めることにしている。と言ってもこの手帳を買ったのはほんの数か月前のこと。実はもう一人の大学の仲間と「俳諧トリオ」というLINEグループを作っていて、時に応じ自分の句を披露している。宗匠もいなければ、厳しい批評もない, ゆるーい会だ。だが、俳句を作るきっかけにもなり、恵さんが私の句にくださるちょっとしたアドバイスも有難い。



 牡丹苑の入り口にある黒板には、「<本日の開花状況>大変きれいに咲いております。」という手書きの文字。その文字を見ただけでも、丹精込めて咲かせている庭師の人たちの愛情が伝わってくるようだ。



 さて、牡丹苑に入ると、藁が三角になった覆い(「わらぼっち」と言うのだそうだ)がずらりと並んでいて、それぞれのわらぼっちの中には見事な大輪の牡丹がいくつも咲いている。牡丹だけではなく、黄水仙や侘助、寒梅、蝋梅(ろうばい)、三椏(みつまた)と、どれも見ごろの花が色とりどりに咲き誇って、早春の楽園が出来ている。

 良い俳句を作ろうなんて野心を持たず、とにかく575になる俳句らしきものが出来れば私はそれで満足だ。なので俳句は次々口を突いて出て来る。

 首折れて尚咲きたるや黄水仙

 蝋梅の香りこぼるる塀の外

 五重塔蝋梅の香まといけり

 三椏(みつまた)の俯きて咲く陽を浴びて

 三椏の三枝三枝につぼみあり

 白侘助一輪のみの盛りなり

 南国の鳥聞こゆ冬の牡丹苑

 白梅も紅梅も皆芽は赤い



 牡丹苑に行ったのに、牡丹以外の句は次々出来るが、牡丹を詠んだまともな句ができない。牡丹を擬人化してしまい、自分でもロクでもない句ばかりだ。例えば、

 お兄さん寄って行きなと冬牡丹

 これは藁ボッチを遊郭に見立て、その中から首を出して咲く牡丹を花魁に例えた。



 でも、寒牡丹は、もっと神秘的で、殆ど神々しいほどの光に満ちているのだ。それを俳句にどうやって表したらいいのだろう。

 牡丹苑の出口に来ると、なんと俳句を書く用紙が置いてあり、それを画鋲で留める掲示板が用意されていて、多くの人が俳句を残していた。せっかくの記念だからと、私たちもその日に作った句を書いた。

 吹く風を楽しむごとく寒牡丹 恵

 リフレクターは藁寒牡丹決めポーズ ミミ



 だが、二人ともそれが自分たちの寒牡丹への思いを言い表してはいないことに対する焦燥感を持っていた。宿題は家に持ちこされた。その夜、恵さんが送ってくれた渾身の一句。

 透き通る白また白の寒牡丹  恵

 恵さんと見た、花弁の内部から光を放つような寒牡丹の美が蘇る。恵さんは、寒牡丹のこの世ならぬ美を言葉にすることに成功。でも、わたしときたら・・・・。

 その時、思い出した。そういえば、寒牡丹の絵を持っていたのだっけ。描いたのはテンペラ画家の五十嵐加代子さん。彼女は、上野の東照宮の寒牡丹をスケッチしたと言っていた。私は急いでその絵が飾ってある部屋に行く。シャンデリアを点けると、パッと寒牡丹の絵が浮かび上がる。



 五十嵐さんの絵はプラチナの箔を貼った上に描いてある。花弁の一枚一枚が、箔を通して光を放ち、何か宗教的な高潔さのようなものを醸し出している。この絵自体がとても好きなのだが、入手した時から、花の右の輪郭が気になっていた。花弁の隅をわざとぼかして描いてあるのだ。そこに、この絵の美しさの秘密が隠されているような気がするのだが、どうしてかは分からないでいた。



 だが、上野東照宮の冬牡丹を実際に見て、その謎が解けた気がした。寒牡丹は、遥か遠くからやってきて、私たちに永遠の美の世界を知らせてくれているのだ。五十嵐さんはその旅路を、花弁の隅をわざとぼかすことで表現したに違いない。自然に句が生まれてきた。

 寒牡丹千光年の彼方から

 数日後、五十嵐さんの個展に行った折り、牡丹苑で作った数十の句をまとめたものを彼女に手渡した。最後の句は、彼女の絵から発想を得た千光年の句。後で五十嵐さんから、最後の句が一番好きというメールが来た。



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