人生を変えた愛車たち
~車で繋ぐ特別なネットワーク~

YOU 2018.12.06
 私は幼いころ、大の車好きだった父親に連れられ、世界最高峰のフォーミュラカーレース、F1グランプリを見に行ったことがある。父はミハエル・シューマッハの大ファンだったのだ。

  レースを見た瞬間、子供ながらにフェラーリのかっこよさには衝撃を受けた。「大きくなったら絶対にフェラーリに乗る!それが僕の夢だ。」そう決意したのはわずか7歳のころだった。野球選手になりたいと子供ながらに決意したイチロー選手や、オリンピック選手を目指す子ども達のように、私はそんな夢を抱いたのだ。

  中学生の頃、何気なく聞いてみたフェラーリの金額。腰が抜けるほど高い…。一番高い車ってベンツではないの?…か…買えない。

  お年玉を何年もらっても買えない車。誰もが憧れる高級車。それがフェラーリだった。自分の夢となったその憧れの車が、家一軒分、いやもしくはそれ以上の資金が必要な代物だと知った瞬間であった。

  高校生になり、当時あるスポーツで日の丸を背負っていた私は、今後の進路について初めて真剣に考えた。有難いことにスポーツ強豪校からの推薦もあった。しかし、私は一流のスポーツ選手ではなく、一流のビジネスマンになることを選んだ。そして都内でも有数の有名校へと入学したのである。

  入学してみると、スポーツ一筋だった私とは違い、そこは志高く、夢の為に勉学に励んできたであろう学生たちで溢れていた。今までとは一味違う刺激的な毎日。そんな中、私も負けてはいられないと将来についてさらに真剣に考えた。

  自分の夢を叶えるためにはどうすればいいのだろうか。普通に働いていては、あの車を買う日は一生訪れない。

  そこで私は18歳にして起業を決意したのだった。自分の夢を叶えるために。

  それから時は10年経ち、念願のフェラーリを手に入れた。幼いころにレースで見たままの真っ赤なスポーツカーだ。それは私の中の大きな夢がひとつ叶った瞬間だった。

  父親の影響からか、大人になった私も、いつの間にか無類の車好きになっていた。普段乗りにはポルシェ 911カレラにマセラティ グラントゥーリズモを愛用。そこに夢であったこの車を加えたのである。

 

  この夢が実現したことをきっかけに、さらに“車”への崇高な思いが強くなった。車って、深い。面白い。 ビジネスだけの目線に立てば、好きな車は投資にも繋がる。これからは車を集めよう。次に私はそう考えた。

  一度やると決めたことは、何が何でもやる。この信念は常に自分の人生の軸にある。きっとあの学生時代の苦しい練習、日の丸時代のその経験が、あらゆる瞬間に活かされているのだろう。

  今回もこの気持ちが芽生えた瞬間から、次の行動までにそれほど時間はかからなかった。有難いことに今では両手で数えきれないほどの愛車を所有し、さらには車ファンなら唸るほどの伝説の名車ばかりと出会うことができたのである。

  例えば、国内の数ある名車の中では有名な“トヨタ・2000GT”、”日産・GTR”がある。これらは現存しているだけでも数が非常に少なく、巷ではコピー車、レストア車などが数多く出回っている車種だ。 専門とされる方に話を聞くと、こういった車は当初の生産台数がかなり少ない上に、年々オリジナルのものが手に入らなくなってきているらしい。加えてここ数年で車自体の金額の上昇が著しいということも。

  一方で、凄い歴史を持つ名車達にも出会うことができた。一般的な新車や中古車ではまずあり得ないお話だが、このような車にはすべて長きにわたるヒストリーが存在している。きっと車好きの人間以外には、それはどこのメーカー??と思われるような、よく分からない車にも。

  また、このような出会いをきっかけに、思いがけない副産物が生まれることもある。先ほどのヒストリーによって、場合によっては所有者の方と直接繋がることもあり、しかも、それは時として世間で名の知れた人物である事があるのだ。おまけに自分の趣味を仕事に繋げられる場合もあるため、一石二鳥というわけである。

  では何故、私のような若輩者が世界有数の車たちと出会うことができたのか。これはただのコネだけでは成立しない。それだけは言い切れる。

  このレベルの車となると、ただ資金があるから購入できるという簡単なお話ではない。良い車を持つ売り手ほど必ず強い熱意とポリシーがある。買い手がそれに共感し、どれだけの想いをもっているかで、“名車を託せる相手かを判断している”、という表現が正しいだろう。

  もちろん門前払いされぬよう、前提として買える財力も必要ではある。だが、この世界では年齢などは関係ない。シンプルにどれほどの熱意があるか、またそれをどのように売り手に伝えるかの”真剣勝負”なのである。

  昨今、世界には”名車“と呼ばれる車を集めるコレクターが数多く存在している。彼らは、選りすぐりの愛車コレクションを、名だたるコンテストに出展したり、数々のレースに出場したりしている。このため、日本産の名車たちも気づかぬ内に世界各国へと流れてしまっていることがある。今、問題視されている日本の歴史的な芸術品が、海外に流れてしまっている話とよく似た現象が車業界にも起きているのである。

  このような問題は数年前から近しい経営者からも聞くことはあったが、深い知識や熱意を持った日本の愛好家の方々からすると、最も悲しい現実だろう。私自身、熱意あるディーラーや仲介者とお会いするに連れ、車を買って終わりではいけない。託されたこの数々の芸術品(車)をどう後世に残し、繋げていくかを考えさせられるる機会が幾度となくあった。まだ知識の浅い私のような人間でさえ、この歴史ある名車たちは、例えて言うなら京都の清水寺と同等の存在意義をもつように思えたからだ。

  もちろん、車をコレクションする上で、「私利私欲」は少なからずある。しかし、投資目的だけではなく、“日本・世界が誇る名車を日本に留めたい”、このような想いや責任感が非常に強く芽生えていったのも事実である。

  今は私のガレージの中で大切に保管され、しばらくの間、日の目を見ることはない車も多くあるが、将来的には次の世代へと、今ある美しい形やその価値を確実に継承し、受け継ぎたいと感じている。

  近年では若者の車離れや近未来の自動運転が騒がれているが、私にとっては全くと言っていいほど関係のない話である。まさに時代への逆行だ。人がお酒を好んで飲むように、私は縁あって巡り合えた愛車を鑑賞し、楽しんでいる。誰もが知らないものだから良い。誰かの持ち物なんて興味が無い。それが私のポリシーであり、私の20代の楽しみ方のひとつなのだ。

 

 
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