パーティーは進化する 
~持参品はエプロンとマイ麺棒

Mimi 2017.02.15
 去年の6月のブログ『ミューズは食卓に舞い降りる』に、おいしい物を食べ、虎さんこと虎岩正純氏の英詩の講義を受け、中根みどり氏のバイオリン演奏をを聞くのを三つの柱としたホーム・パーティについて書いたが、その後も順調に続いている。

 今年の1月のパーティーでは、ちょっと趣向を変えてはどうかと思った。皆で飾り寿司を作るのである。もともと藝大の美術講座で知り合った仲間なので、手先は器用だしきれいな物が大好き。そこで、前もっていろいろな材料を用意しておき、思い思いの作品を作ってもらうことにした。皆には自分の巻簾とエプロンを持って来てねと連絡。私はよく作るが、メンバーは初めてだそうだ。そこで、私が参考にする本をお見せして、好きな図柄を選んで作ってもらうことにした。 pb  本を見せると、自分にこんなのが作れるのかしらと、心細げだ。だが、一人で奮闘する人、二人で力を合わせる人、結局一升以上のお米を炊いて、素敵な作品がいろいろ出来上がった。思い通りにはなかなか出来上がらないのもご愛嬌だ。

 材料はすべて絵の具の代わりで、見た目だけを考えて作ったのだが、大変おいしい。図柄が違うと同じような材料でもつい手が伸びてしまって、本当にお腹がパンパンになるまで食べてしまった。 pc33  わいわい言いながら作るのは楽しくて好評だったので、2月のパーティーでは、水餃子を作ることにした。以前、中国人の雷先生にうちに来ていただき、水餃子作りを教えていただいたことがある。その時は、雷先生みたいに上手に包めなくて、四苦八苦。ところが今度は私が講師である。ちょっと心配だが、教えていただいたことを出来るだけ忠実に守って作ろうと決心した。皆にはマイ麺棒とエプロンを持参してね、とメールする。

 私はすぐに皮を伸ばして餡を包めるように、前もって小麦粉をこね、餡も準備しておいた。小麦粉の強力粉と薄力粉の配分も、餡の準備の仕方も雷先生のレシピどおりである。

 ところが、水餃子作りが始まってすぐから、この前の飾り寿司の時とは様相が違っていた。
水餃子となると、中国の人にじきじき習った人もいるし、自分で作ったことがある人もいて、自分の流儀が確立している。おまけに自分の水餃子が世界一だと信じているのだ。そんなわけで、皆飾り寿司を作った時の謙虚さをかなぐり捨てて、自分のやり方で作りたがる。わたしの言うことなど全然聞こうとしないのだ。

 小麦粉をこねたものを棒状に伸ばして両手で持ち、親指を使って、ぴっ、ぴっと一枚分の皮の分量を切り飛ばして行くと、「最初に一枚分ずつ包丁で切り込みを入れておくのよ」とちゃちゃが入る。餡にしても、雷先生は味が変わってしまうからと決してニンニクは入れなかったのに、「ええっ、ニンニクを入れないの?中国の人はニンニクを入れるのよ。」と疑問視される。その度に「それは出来ないわ、雷先生に習ったとおりに作るんだから。違った風に作ったら雷先生が天から見ていて怒るわ」と反論。「えっ、雷先生って亡くなったの?」と友人。「若くてぴんぴんしているけれど、単なる比喩よ」と訳のわからない会話をしながら、とにかく雷先生方式を守る。

 次に皮を伸ばす。手のひらの厚いところで、ボンと叩いて伸ばし、その後回りが薄くなるように麺棒で丸く形を整えて行く。

 皮の見本を作ってみせると、「こんなに厚くていいの?」と疑問を呈する人がいる。彼女は市販の餃子の皮しか使ったことがないので、それよりはるかに厚い皮を異常だと思ったみたいだ。 「向こうの人は、ごはんの代わりに食べるんだから、おかずじゃないのよ。うどんみたいな存在なの」と諭す。それでも、彼女は納得いかないようだ。

 餡の包み方も人それぞれだが、それは味にはそんなに関係ないので、もうお任せした。 皮に餡を包んでいるとずいぶん出来てきた。するとまた、「出来た分から茹でて行ったら?」」と言う人がいる。あぁ、もう!と私は心の中でうんざりする。

「茹でたてのアツアツがとにかくおいしいの。だから、さめたのを後で食べるわけにはいかないのよ。」 敵にぐるりと囲まれて、襲い掛かる敵をばっさばっさと切り捨てるお侍さんの心境だ。周りの人が何と言おうと、雷先生の教えを死守しなければいけない、という使命感に燃える。ここでブチ切れて、「好きになさいよ」とは決して言えない。

 Too many cooks spoil the broth. (料理人が多すぎるとスープがだめになる)という諺を思い出す。
さあ、何とか全部包みあがった。餡は3種類。豚肉とキャベツ、エビとニラ、ツナとニラである。(ツナを入れるのにも抗議の声があがっていた。)私の頭の中では、それぞれ別に茹でるつもりだったが、結局、どれがどれだかわからなくなってしまい、お味は食べてみてのお楽しみになってしまった。

 大鍋にぐらぐらと湯を沸かす。10数個の餃子を入れて、菜箸でゆっくりかき混ぜながら茹でる。しばらくすると、沈んでいた餃子が次々ゆらゆらと浮かんできて泳ぐ。出来上がりだ。 pc2  網杓子でそっと掬って、食卓へ。皆一斉に手を伸ばす。 ふうふうしながら口に含むと、小麦粉のもっちりした歯ごたえ。その後から餡の豊かな風味がジュパーッと口いっぱいに広がり、本当に天国みたいなおいしさだ。

 ニンニクが入っていないのを疑問視していた人も、皮が厚すぎると文句を言っていた人も、さっさと出来た分から茹でてしまえばいい、と言っていた人も、わたしに抵抗していたことは忘れたみたいだ。ツナを入れるのに抗議していた人も、ツナってこんなにおいしいのね、と感心している。テーブルが静かだ。夢中になって食べているから。「おいしい!」という言葉しか出てこない。ふうふうしているので、「ふぉいしい!」としか聞こえないのだが。             pe2  ほらね、と私はにんまりする。そして、鍋に入っている次の餃子の出来上がりをチェックする。
水餃子の後は、虎さんの講義。ワーズワースの”Composed upon Westminster Bridge”における、ロンドンの当時の煤煙事情について。そしてロンドンの地理的状況から、どこに詩人が立ち、どっちの方面を見て詩を作ったかを地図を使って説明。普段は黒いスモッグに覆われている町が、朝早いせいで空気が澄んで太陽がきらめいている。その情景に感動して詩を作ったのだそうだ。 pf2  みどりさんは、うちにある二丁のバイオリンを交互に弾き比べてくださる。毎回やっているうちに、それぞれのバイオリンの音の特徴が分かってきた。タンゴの曲には、こちらのバイオリンの方が合うとか。ああ、心地よい音色!お腹も一杯で眠くなってくる。 pg2  そして、皆、お土産の水餃子を持って家路についた。今度は焼いて食べるように。
くたびれた一日だったなあ、戦ったあげくにおいしいものを食べ、勉強して、音楽に身を任せて。生きてるってホントにいいね。 ph2
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